植物人間
朝起きると目に入ってくる色は白ばかりだ。布団、扉、壁、カーテン。ありとあらゆる物は清潔感を主張するという普通ないような光景だが、俺は既にこの風景に呑み込まれてしまった。今日は曇りなんだろう。部屋の中は薄暗い。
もう事故が起こって何年経つだろう。その時の俺はまだ自身の身体を治そうと努力していた。しかし治癒する可能性が絶望的だと知らされ、どうしてそれまで頑張ってリハビリする気になっていたのか、今では分からない。この身の状態を見ればそんなことはひと目でわかるだろうに。
死のうかと思った。いろんな自殺の仕方を考えた。しかし、こうしてのこのこと生き残っているのは自分にそうする勇気がなかったからだ。今はこうして毎日を無駄に消費している。
俺のベットの隣には、三河という植物状態の男がいる。聞けばこうなる以前の彼は優秀な大学生だったそうだ。植物状態の彼は他人の助けなしには生きることができない。無論、それは俺自身も同じ身の上なのだが、何の意思も持たずただただ死んでいるも同然の彼の存在は、俺には羨ましく写った。
「ガラガラ」
扉の開く音がする。俺が彼を羨む理由はもう一つある。
「おはよう。三河くん……。」
カーテンの向こうから彼をいたわる声が響く。そう、彼には彼女がいるのだ。三河がこの場所で眠りについてから、日を空けて彼女はぼちぼちやって来る。
「きっと治るからね。私がついてるからね。大丈夫…大丈夫だよ。」
影は隣のベッドに座った。彼女が何をしに来ているのかといえば、それは彼のリハビリのためだ。「どんだけ好きなんだよ」といつも思わされる。今日も彼の身体を撫でたり、起こしたり、呼びかけたり、といったリハビリをするのだろう。
植物状態の彼には彼女は勿体ないように感じる。俺にもし彼女のような身内がいたのであれば、このどうしようもない身体を治そうと、まだ努力していたかもしれない。
はじめて彼女が彼に会いに来た時、彼女のスンスンスンスン泣く声が隣から洩れてきた。それは当たり前のことだろう。今まで共に過ごした彼が、ぴくりとも動かなくなってしまったのだから。いつ彼女が悲しむことが無意味と感じ、彼を見捨てるのか、俺には見ものだった。 それなのになにがあったというのか、ある日を境に彼女は今のように死体同然の彼のリハビリに励むようになったのだ。それまでとは打って変わって、何かを見据えているかのように。 俺には理解できない。
暫くして、リハビリを終えた彼女は帰っていった。三河は相変わらず動かない。




