独白
俺は今、未曽有の境地に立たされている――。
その時、雨が降っていた。
数時間前から上空が淀み始め、今にも決壊しそうな空。
降るんじゃないか……、いや、少しだけ降ってほしいと思っていたのかもしれない、だが未だに夜雨に慣れることはない。
闇をも包み込み、その暗さを宿して降り注ぐ冷たい、冷たい水。
「は、ぁ……」
何ともなく、息を吐き出す。白く滲んで消えた一筋の煙は反響することも、誰かにぶつかることもなく雑踏に紛れて消えていく。
濡れていない、筈なのに、寒いだとか考えてしまう自分に、嫌気がさした。
雨は俺を湿らせることはない――傘に当たって弾け飛ぶ飛沫がヘッドライトに反射して輝いていた。ばしゃり、ばしゃりと蹴り上げた水は排水溝に流れ落ちた。逃げ遅れた虫ももう、見えない。
虚脱感というのか……、ただなんとなく、虚しかった。
不意に離れた位置から、走っているような水音が耳に飛び込んできた。
その姿は、俺に見えるはずもなく、風が吹くわけでもなく、ただ、ばしゃばしゃという湿った音だけが俺の横をすり抜けて通り過ぎていった。
数秒か、数分か、はたまた数十分か……。数えきれないほど長い長い時間、何をするわけでもなく、無気力に――傘を持ったまま――、ただ、立っていた。
不意に視界が濁った。ぎゅうぎゅうと締め付けられるように痛む心臓を抑えて身体を折り曲げ、手摺に腰を押し付けた。
痛い。痛いなあ。
それから、また時間が過ぎる。小さく震えたポケットの中の端末を一瞥し、俺は傘を握り締め、また歩き出す。さまよい歩く――と言った方がいいのかもしれないが、兎に角俺は、まるで吸い寄せられるかのように、小さな公園に辿り着いた。
特に人もおらず、閑散とした公園。それもそのはずだ。夜の11時を過ぎた公園に人がいるなど在り得ない。
「…………あ」
その公園には、先客がいた。
見たところ十数歳であろう、少年。後ろを向いて、ただそこにいる。
ああ、また、だ。また夢を見ている。リアルな夢だ。
だがもう脚が動かない。その場に縛り付けられたかのように俺はその場に立ち尽くしてしまった。
「お前は、……何なんだ、お前は」
無意識に、口をついて出てきたのは困惑。それから少しの焦燥。
勿論その少年に俺は見える訳がない。同じ体勢のまま、その場に、ひとり佇んでいる。そういう夢だ。
気付けば俺は引き寄せられるように、少年に近づいていた。
「なあ、教えてくれ。頼むから」
掌は、そいつに触れることはない。頭で理解していても、もう駄目だった。水気を含んで緩くなった砂を覚束ない脚で踏みしめた。
もう何でもいい。誰でもいい。どんな奴でも、構わない。
ポケットの端末が震えた。糸が切れたように、まるで弾かれたように少年から視線を逸らした。つるりと手をすり抜けた傘を取り落とし、しゃがんで取ろうとした瞬間、俺の前の少年が勢いよく振り返った。猫のように大きな二つの眼が、俺をとらえる。
『 僕を、呼んだ――? 』
これは、今までの夢とは、違う。誰だお前は。誰なんだ。