本のある日
僕という一人称の紛らわしさ。
本のある日
一巻目。
僕は話題になっている本を買った。カバーは要らない。印でいいーーいつも通りに言い渡し、二度の感謝を受け取る。五百七十七円也。
少し迷って、駅前の階段に腰を下ろした。この四段ほどしかない小さな階段は、何故か木製でできている。一段の大きさもどうぞ座ってくださいと言わんばかりだ。
荷物を傍らに置いて、中を探る。補修で使う問題集。昼の弁当。雑多な物がたくさん詰まったバッグだ。しかし目当ての物はすぐに見つかった。
先ほど買った文庫本だ。
表紙を眺め、帯を読み、徐に開いて、ぱらぱらとめくってみる。最近の本は文字が大きすぎて、文庫一冊くらいなら二時間ほどで読めてしまう。
電車が通り過ぎて、風が吹く。ページの端を押さえて、止むのを待った。移動しようかとも思ったが、ここでいい、と思い直した。
と言うか、早く読みたい。
少年たちがが元気に脇を走って行く。仲睦まじい二人が笑い合いながら、僕のいる所から少し間を開けて座っている。時折吹く風。電車の通り過ぎる音。
読み終わると同時に、一つの決定を下した。
このシリーズの二巻を買おう。
幸い本屋はすぐ近くにある。一瞬、荷物を置いて行くかと考えたが、それは流石に無用心か、と考え直した。
二巻目。
二時間前とは違う店員だったので、不信がられることもなかった。まあ同じ店員だったところで、覚えている訳もないだろうが。
欲しい物を買って、足取り軽く歩く僕は子供染みているだろうか。
同じ階段に戻ってきた。同じ場所に座って、また本を取り出す。
表紙のデザインが違っていた。裏の粗筋は読まなかった。帯には先ほどと同じ宣伝文句。早速、本を開く。
時間という概念から切り離されたかのような感覚。耳から聞こえる音も、肌で感じられる暑さも、視覚情報以外は全て他人事のようだ。誰にも邪魔はされない。邪魔はさせない。僕だけの時間ーー。
本を閉じ、伸びをする。
面白い、いい小説だ。こんな本には滅多に出会えない。
最後のページでは次巻の宣伝がされていた。発売日は昨日だ。
日が傾き始めているのを見て、少し迷った。名残惜しいが、流石にもうやめておこうか。買い物帰りの人が多く目に付く。
満足と寂寥が胸から溢れ、溜め息を一つ吐く。本をしまおうとバッグの中を見ると、様々な物が入り乱れる空間の中、一巻目は自分の居場所を見つけたかのように居座っていた。
手に持ったままの二巻目を見る。まだ手には紙をめくる感触が残っている。あの感動も、読後の虚脱感もーー。
気が付くと僕は立ち上がっていた。
三巻目。
僕は本屋へ戻ることにした。
走り出す。
僕は子供染みているだろうか。