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五話 因幡の白兎 参

澄みきった青空の下、影利と小春は手持ちの道具でできるだけ多くのウサギ達の応急手当をした。否、ただ止血をしているだけだ。応急手当にもなっていない。

 自分達はこんなにも元気で自由に動けるのに、キューキューと泣き続ける彼らの前ではあまりにも無力だった。

 小春の手に抱きかかえられた無傷のイナバノウサギは傷だらけの仲間達を見ながら鼻をヒクヒクと動かしていた。

「私達……どうにもできないんですか?」

「これ以上は……イナバノウサギの生態を知っている人間は保護条例ができてからほとんどいないんだ」

 影利はタオルを池の水に浸してギュと絞る。水面には大きな波紋。そこに写る影利の顔は認識できないほどに揺らいでいる。

 心がざわついている。

「……どうして、ウサギ達をこんなめに合わせる必要があったんだ」

 濡れたタオルで、ウサギ達の身体を拭く。

 キューという鳴き声。

 ウサギ達は目を細めながら影利に視線を向けた。そして、持てる余力でオレの手に身体を寄せる。ウサギ達の身体はフワフワしていて温かった。ボロボロにされた今もなお、彼らは生きようとしていることが伝わった。

 ウサギ達は影利に助けを求めている。

「ごめんな、何もできなくてごめん」

 それでも、ウサギ達は身を寄せることを諦めなかった。

「クソ、誰だよ、誰がこんなことしたんだよ」

 影利はウサギ達を撫でながら呟いた。

「お前達も、どうしてオレが何もしてやれないのにそうやって身を寄せ合うんだよ。普段はビクビクして隠れているのにさ……」

 本当に都合のいいやつらだ。

 期待をされても助けることはできない。オレが船乗りになることを期待されても、船乗りになれないのと同じように。

 そのとき、草木がざわめきはじめた。

 ザワザワ、ザワザワ

 その大きさは強くなっていく。

「風? 段々強くなってきてる」

「いや、ただの風じゃない。大きな何かがこっちに向かってるんだ」

 徐々に強くなる風。

 それは、影利の髪や、小春のスカートを持ちあげる。

 悲鳴を上げる間もなく、小春が抑えたスカートの隙間から、わずかに見えたのは淡い緑色の下着。レース付き。

 悲しい気持ちなのに、そんなものに視線が行ってしまう。

 妙な罪悪感を覚えながらも、風が吹く方から大きな生き物が飛び出してきた。

 雪のように純白でキラキラと輝く毛並みのウサギ。

「……オオクニノヌシ」

「え?」

「この池の主だ。普段は一目が付かない場所にいるが、たまに現れては怪我人を助けたり、貧困にこまる人に食料を届けたりする。おそらくこの街で一番神様として崇められている存在だ」

 影利は一歩下がり、深く一礼する。

 オオクニノヌシは血だらけのウサギ達に鼻を当ててヒクヒクと動かす。

 すると、オオクニノヌシが視線をこちらに向ける。

『この子達がありがとう、と言っている』

「喋った!?」

「神通力で、オレ達に語りかけてるんだ」

 影利は顔をあげて、一歩前へ出る。

「しかし、オレは何もできませんでした」

『お前が側に居てくれるだけでこの子達は嬉しいのだ。寂しがり屋だから』

 オオクニノヌシはウサギ達を見つめ、紅い瞳を潤ませる。やがてその目から透き通った涙が伝い、ウサギ達に掛る。

 瞬間、ウサギ達が光の粉に変わり、風に乗って流されていく。

 小春が抱いているウサギも鼻をヒクヒクさせながら、その光を目で追った。

『人間も、我々も、いつかはこうなって世界の一つになる。そして、またこの世界のどこかで違う形で転生を果たす』

「あの子達の怪我を治すことはできなかったの?」

『あの子達はキミ達に敢えてとても幸そうだった』

「そうですか」

 小春はギュっとウサギを抱き締める。

「そうなるとこの子は独りになってしまうのでしょうか」

『無事だったのかその子だけか』

 オオクニノヌシは小春が抱き締めるウサギの前で鼻をヒクヒクとさせる。それに応えるようにウサギの方も鼻をヒクヒクとさせた。

「このウサギ、なんて言ってるの?」

『……仲間に逃げろと言われて、必至に川を下ったと言っている』

「じゃぁ、こいつ、独りで人間の街へ来たのか」

『助けを求めにきたそうだ。仲間が殺されそうだ助けてって』

「……ん?」

 オオクニノヌシの話を聞いた影利の思考が一瞬止まった。

 ついさっきまで、街にウサギが紛れていたのは人に連れ去られたからだと思っていた。でも、実際は違う。自分の意思で、逃げるのと助けることを目的に下りてきたのである。

 じゃぁ、ウサギは何から逃げていた? 何に襲われて助けを求めようとしていた。

 だとしたら、襲った存在はなぜ、ウサギ達を狙った? 彼らには害はない。殺害しても、得になることは何もない。強いて言うなら、皮が裏で高値で取引されることだろうか。だとしても、皮を剥ぎ取られた形跡もない。

 だとしたら、これはウサギを襲って一番怒る存在への挑発なのではないだろうか。

 そう考えたとき、影利は気付いてしまった。

 ウサギを襲って一番怒るのは目の前にいるオオクニノヌシだと。

「まずい、オオクニノヌシ、逃げろ!」

『なんだと?』

「ウサギ達を襲った奴の狙いはあんだなんだよ!」

 瞬間、背中から冷たい気配を感じた。

 向き直ると、黒い影、亡者が黒い球になって、こちらへ飛んできていた。

『下がれ!』

 オオクニノヌシは影利達の前に達、空気の膜のようなものを張る。

 亡者はその膜に弾かれるように真上へ飛ぶ。

『あの子達をやったのはお前か』

 亡者はケタケタと笑う。

『貴様ああああああああああ!』

 オオクニノヌシは影に向かって大きく飛び上がり、影を弾き飛ばす。力の差は一瞬ではっきりした。

 だけど、次の瞬間、黒い影はケタケタと笑い。4匹に分裂し、オオクニノヌシに飛びかかった。

 オオクニノヌシは一体、また一体と薙ぎ払って行くがそのたびに次々と数が増えていく。

 だけど、多勢に無勢だった。

 薙ぎ払われるたびに、亡者は増殖しつづけ、最終的には十体に取り囲まれることになった。

『私もここまでか』

「おい、あきらめるのかよ」

『……お前達、その子を連れて逃げろ』

「え?」

『この池にいきている子はおそらくこの子だけだ。この子だけが我々の希望なのだ』

「だけど……」

『この子を頼む』

「……」

 オオクニノヌシに何も言い返す言葉はなかった。

「小春さん、いくよ」

「それじゃぁオオクニノヌシさんが」

「このままじゃ、この子まで殺されるかもしれないんだ!」

 影利は小春の手を強引に引いて、川を下った。

 池の方向からはドン、ドン、と爆発するような音が聞こえた。だけど振り向くことはない。

 今自分達がやるべきことはウサギを安全な所へ連れて行くことだ。そして助けを読んで事態に収拾をつけなければならない。

 川を降りて、街へついた影利達は息を弾ませて立ち止まる。

「影利さん、どうして見捨てたんですか」

「このウサギを守るためだ。この子が死んでしまったら、池に住むイナバノノウサギは絶滅だ」

「でも、オオクニノヌシさんが!」

「あいつがそうしろって言ったんだ!」

「それでも、船乗りを目指してるんですか?」

「……船乗りは全員を助けるようにはできてない。できるだけたくさんの人を無事に届けることが仕事だ。全滅を免れるためなら、少数だって切り捨てる!」

「最低です!」

「いくらでも言えよ! オレにはこれが精いっぱいなんだ!」

 影利の声は上擦っていた。どうにもできない自分があまりにも悔しかった。

 そのとき、背後でよぉと声を掛けられた。

「お、なんだお前達、朝っぱらからケンカしているのか」

 つくねを口に加えた須藤だった。

「須藤」

「お、おいおい、どうしたんだよ? まさか、振られた?」

「ちげえよバカ!」

「じゃ、じゃぁどうしたと――」

「助けてくれ」

 言葉を遮って、影利は頭を深く下げる。

 自分ではどうすることもできません。という意思表示だ。

 ほとんどの人はきっと断るだろうと思う。とても危険でリスクも大きいから。でも、須藤は不満な表情一つ見せずに満面の笑みを見せた。

「……分かった。助けよう! 何があった?」

「川の上流でオオクニノヌシが亡者と戦っている。このままじゃオオクニノヌシが――」

「安心しろ、助けてやるさ。結衣と何人か巫女を連れて行こう」

「あぁ。今、結衣達はどこに?」

「ちょうどあそこだ」

 須藤は川の向かい岸を指す。

 そこで、巫女達が死者に声を掛けて回っていた。

「よし、呼んでくる」

 オレが端へ向かって走ろうとしたとき、

「影利、行くな!」

 背後から須藤の大きな声。

 影利が向き直ると当時、

 突然橋がドン! という音とともに大破した。

「何だ!?」

「あれだ!」

 須藤は川の上流を指す。

 そこには、黒い毛並みをした。巨大な赤眼のウサギの姿があった。

『ホシイ、ホシイ』

「……まさか」

 心臓が鼓動した。

 この状況……浴衣男と同じ状況

 影利は確信する。

「あれは、オオクニノヌシだ」


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