一話 影送り
風が吹き込む窓、その向かい側から聞こえるのは横笛の音。重みがあるけど胸のあたりが聞こえるその音で、影利は目を覚ます。
心臓がドクンドクンと鼓動する。耐えられなくなった影利は汗臭くなった服を着替えることもなく玄関へ飛び出した。
今日は影迎えの日だ。世界中で亡くなった死者達を現世からこの街へ連れてくる日だ。
船を沈めずに無事に返ってきたことを祝い、お祭りをするのである。影迎えの日になると街に頂点が照らされて活気が宿る。そして、現世から渡ってきた死者達と思い出を語らい、一週間後には黄泉の国へ送り届ける。
そんな船乗り達に影利は憧れていた。
向かった先は船が上がる港。提灯だらけの船はすでに着いて、たくさんの死者達を下ろしている。
楽しそうに笑う人、嗚咽をあげて泣く人、子犬のように怯える人、死者にはたくさんの人がいた。そんな彼らを尻目に船乗り達は大きな荷物を積み上げている。
その中の一人に、影利の友人、須藤の姿があった。白いバンダナに筋肉質の身体を強調するピチピチのタンクトップ。そしてつなぎ。
須藤はこちらの存在に気付くと、これまた豪快な笑い声をあげてこちらに向かって手を振る。
「よぉ、相棒! 一週間ぶりじゃねえか。早く一緒に船に乗ろうぜ!」
「乗りたくても乗れねえんだよ船乗りの資格がまだ取れなくてな」
「ハハハ、また落ちたか! 別に、現世の船みたいに小難しい力はいらぬのだぞ? ただ、船を沈めない『思い』があればコントロールできるのだからな!」
「それが、オレにとってどれだけ難しいことか知ってるくせに……」
声のトーンが落ちた影利をみて、須藤は、あっと声をあげる。
「そうだった、現世では船の事故で亡くなったんだったな。でもまぁ、心配するな、時間ならいくらでもある。お前が諦めない限り、オレの隣の席はいつでも空いているからな?」
ハハハ! と活気な笑い声をあげ、須藤は影利の肩を叩く。力が強すぎて、3度目くらいには音をあげそうになったが、シャン、と須藤から気合が伝わってくる。
「それよりもだ、今日の船を見て見ろ、美女がたくさん乗ってるんだ!」
「うわ、本当だ……」
船の乗客に目を向けると、今日はさまざまな美女がいた。赤いドレスをきた女性、ストライプ柄のワイシャツにタイトスカートの女性。花柄のワンピースをきた女性。
そのほとんどがぱっちりとした目に小顔、滑らかな首筋、胸のふくらみ。そして細い脚。乗客は影利達の視線に気づくと、不快そうな表情をして中へと進む。
「おい、須藤、お前の顔気持ち悪いぞ、何ニヤニヤしてやがんだ!」
「そういうお前こそ、女性の頭から足の先まで舐めまわしてるではないか、あぁ気持ち悪い」
「てめ」
「なんだ、オレとやるのか? ひょろい身体のお前が?」
「柔よく剛を制するって言葉知ってるか?」
「知らん、何語だ!」
「日本語だよ!」
影利と須藤の視線がぶつかりあい火花が散ろうとしたとき、船からクスクスという笑い声が聞こえた。向きなおった影利達は思わず息を呑む。
ジーンズジャケットに白いワンピース。栗色の髪を流し、横には小さい編み込みを入れて女性はこちらに微笑みかけていた。
「おい、須藤ニヤニヤするなよ」
「お前こそ、鼻水垂れてるじゃないか」
影利と須藤は顔を見合わせた後、とっさにお互いの顔にビンタを入れる。
バチン! という張りのある音と同時に顔から身体へ稲妻が走り、力が入る。
「おい、須藤いつのまにイケメンになったんだよ」
「前からだ」
『よし!』
二人は身形を整えて、改めて船の方を見つめる。
だけど、そこにはもうさっきの女性の姿はなかった。
「……なぁ影利よ、酒は飲めるか?」
「オレはお前のサポートをする船乗りになる男だぜ? 飲めねえわけがないだろ」
二人は顔を合わせる。
『酒場でナンパするぞ!』
二人は肩を組みながら、酒場へと向かった。
続きもがんばって書くので、もしよかったら続きもよろしくお願いします。