旅するあたし
旅をしてるってことは、生きてるってことに似てる気がする。
あたしは自由きままな一人旅が大好きだった。『人に遠慮したり、人にあわせるような芸当は正直しんどい』そう思ってたから。
だからその時も一人旅だった。
予定してたよりも早く目が覚めてしまったから、一本早い電車に乗った。いきなり予定変更出来るのは一人旅の特権だなと思いながら。予定よりはやく町の散策が終わり、宿自慢の温泉に入ってきたところだった。案内された部屋は、ほのかに畳のにおいがした。
あたしは窓を開けようと思った。火照った体を冷やそうとしたんだっけ。障子を貼った扉の向こうに窓があったんだ。案内されたとき、良い景色が見えるって聞いた。扉を開けるとあたしはその先に広がった世界に凍りついたんだ。
目に入ったのはピンク色の光。
すべてのものが本来の色を失っていた。
おまけをつけてくれたあのおばちゃんがいる、お土産屋さんの看板。この町に似合わないって思いながら見てた、たった一つの高いビル。空気さえもが色づいて、世界の色を変えていた。
そんな中でたった一つ、あたしが知ってる西の空。あたしの目がおかしくなったわけじゃないって証明してた。
一気に鳥肌がたった。その時あたしは、得体の知れない不安と恐ろしさを感じていた。息をすることだって、重く感じたんだ。なぜだろう、もう二度と同じ明日が訪れないような気がした。
時間さえも越えていくような、ねっとりとした光が、あたしの世界を照らしている。
小高い丘の上にひっそりと建つ民宿の窓辺で、町をみおろしているあたしも、あの光に照らされているはずだ。
不意に誰かに会いたくなった。『あたし』を知っている誰かに。
お前はお前だろ、って言ってほしくって。『あたし』と言う名の存在を証明してほしくって……まあ生憎と、そんな気の効いたことが言える人間、当時のあたしの友人にはいなかったんだけどね。
あたしは、窓を開けようとしたことさえ忘れ、沈みつつある太陽を睨みつけた。はやくこの気味が悪い光が消えてしまいますようにと心の底から願いながら。
あれからどれだけ経っただろう。
あの頃のあたしは、変わってしまうことが恐ろしかった。だから、人にあわせるのが怖かった。あたしのペースがなくなっちゃうんじゃないかってね。
毎日おんなじ明日があるはずがないのと同じように、あたしも同じじゃあない。考え方だって、感じ方だって違う。でもあたしは毎日おんなじでいようとしていたんだ。だから、あたしの世界の色を変えてしまった太陽の光が、あんなにも恐ろしく、体にまとわり付いたように感じたのだろう。
いまでもはっきりと思い出せる、あの光景。今のあたしは何を感じるだろう。
あたしは一人旅が好きだ。新しいあたしを見つけられる気がするから。でも、一人旅じゃなくても、旅は大好きだ。人の普段と違う面を見つけれるから。