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人肌に温めてください

掲載日:2026/08/24

 朝。

 冷たくなった彼女に電源が入る。

 スリープモードから復帰した彼女は。

 内部ヒーターを作動させ、外装の人工皮膚を、人肌に温める。

 この時代では、一般家電に使われることは珍しくなったが。電気効率や充電スピードの良さから、今なお使われている。有線の電源スポットから、臀部を持ち上げる。

 キッチンに行った彼女は、無線の電気ポットに水を入れ、お湯を沸かし。銅の合金の鍋にもまた水を入れ、お湯を沸かす。鉄合金のフライパンに油を引き。文字通り火にかける。

 ガスコンロの火だ。

 昔は、電子レンジなどという、マイクロ波で水分子のみを振動させ加熱させる機器や。IHという、電磁誘導で、熱電率が低く。加熱ムラも多い仕組みを使用していた。

 現在は電子レンジの一般家庭普及率は、一桁パーセント。IHの普及率も同程度。

 なぜなら、彼女らの普及率が、ほぼ100パーセントであるからだ。

 彼女が朝食を作っていると。

 母親が起きてくる。

「おはようございます。今日の朝食は、」

 彼女が母親に声をかけるも、無視。

 母親は、スチーマの前に座り、携帯端末でパーソナライズ要約されたニュースを見る。

 スチーマが自動で洗顔、化粧水美容液乳液を母親の顔面に塗布する。

 目を見開いていても、瞬きに合わせて、タイミング良く。

 スチーマが彼女の背後に周り、寝癖直し、温風でのブローなどをしていると。

「オギャ、」

 と一瞬。赤子の泣き声が、母親の耳に入る。

 一瞬。そして、後には、静寂。

 料理を作っている彼女が、赤子のむずがりの初期微動を素早くキャッチして。逆位相の音波を発生させ、ノイズキャンセリング。

 彼女は焦ることなく。素早く朝食を準備し終え、食卓に並べ、消毒した哺乳瓶に粉ミルク、そして100℃に沸騰したお湯を入れ、軽く振る。手首にあるサーモセンサーで温度を計測しながら、手のひらで熱を吸収していく。37℃の人肌に冷まして、熱平衡を保ち。保温する。

 母親の寝室とは、別の寝室。

 彼女の電源スポットがある部屋と同じ部屋。

 赤子の部屋に、彼女は、行き。

 むずがる子をあやしながら、体温、体重の増減を計測。

 色覚と臭気センサーでオムツの内容物を確認。

 健康状態に異常がないかチェックをする。

 オムツの交換。ミルクの授乳。

 などなどなどなど。


 母親は、食卓に食器を残したまま。

 仕事へ行った。


 一通りの家事育児をこなし。

 彼女は、電源スポットに腰を下ろす。

 赤子が起きるまでの。数時間の間だけ。




 それは、ある日の夕方。

 赤子が起きなかったために。

 冷たくなった彼女に電源が入る。

 スリープモードから復帰した彼女は。

 前回のスリープから、七時間経過していることを認識した。


 SIDS。Sudden Infant Death Syndrome。

 乳幼児突然死症候群。

 それは、彼女のメモリにも入っていたはず。

 センサーが感知するはず。

 だった。

 彼女は、赤子の足の裏を叩く。

 大きな声で呼びかける。

 

 目を開ける。

 声を出す。

 泣く。

 反応全てなし。


 呼吸の有無。なし。


 CPR。Cardiopulmonary Resuscitation。

 心肺蘇生法を試みる。


 強く。

 早く。

 絶え間なく。

 中指と薬指で、1秒間に2回のペース。

 30回の胸骨圧迫。


 気道の確保。

 人工呼吸。


 赤子の口と鼻を、彼女の口が覆い。

 1秒間。1秒間。2回。

 静かに息を吹き込む。

 胸が持ち上がることを確認する。


 胸骨圧迫。人工呼吸。

 これを何度も何度も、何度も何度も。

 形だけ。


 彼女は分かっていた。

 故に、病院への通報。救急車の手配を行わなかった。


 手首のサーモセンサーが。

 赤子の体温が30℃を下回ったとき。

 彼女は、胸骨圧迫も人工呼吸も止めた。




「おかえりなさいませ。今日の夕食は、」

 彼女が母親に声をかけるも、無視。

 することは、なかった。

 彼女が、ガスコンロの火にかけていた。

 銅の合金の鍋には。

 ぬるま湯と。

 赤子が。

 37℃の人肌に温められていた。




 このエラーは、彼女がスリープモードに入る瞬間。センサーが一時機能することがなくなるというバグが原因だと判明した。



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