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うつくしくなりたい

 明るい手術台の上に、若い女が横たわっていた。

 周囲には術衣を身に着けた医師と思しき者たちが数名、女を囲むように並んでいる。


「では始めますね。よろしくお願いします」


 執刀医と思しき、ベテランの男が静かにそう言うと、周囲にいる看護師達は軽く会釈をする。


「じゃあ、メスお願いします」

 

 若い女は、この美容外科の『常連』であった。

 最初はメスを使わない埋没法という二重の整形だった。

 

 彼女の外見には、特に大きな問題があったわけではない。

 ただある日、メイクをする時に『二重だったら良かったのにな』と思ったのがきっかけだった。


 一度頭に思い浮かんでしまったその考えは、彼女の頭に深く深く楔のように食い込んでしまった。

 最初は『二重だったら良いかも』だった考えは『二重じゃないのはおかしい』になり『二重にならなければいけない』という呪いに育つまで、そう時間はかからなかった。


『どうしても二重にならなきゃダメなんです』


 最初に診察室でそう語った彼女は、確かに一重まぶたであった。

 だが、まぶたが一重だろうと二重だろうと、生活には何の問題もない。

 それでも彼女は『何が何でも二重にしてください。じゃなきゃダメなんです』と医師に繰り返し訴えた。


 結果、医師から勧められたのは切開を伴わない『埋没法』という方法だった。 

 自分のコンプレックスが簡単に、そして劇的に『改良』される体験は、今も手術台の上で身体にメスを入れられている女にとって、生きながらに生まれ変わったような衝撃を与えた。


 この日から、彼女の『呪い』は加速していった。


 鼻の形が嫌だ。

 鼻が低すぎる。もっと高い方がいい。

 薄い唇が嫌い。ふっくらした可愛らしい唇が欲しい。

 頬の形に違和感がある。

 もっと目頭がくっきりしていればいいのに。

 顎の形も気に入らない。

 もっとウエストを細くしたい。でも胸が小さくなるのは嫌だ。

 貧相な尻がどうしても気になる。


 鏡を見るたびに、彼女は自分の容姿にダメ出しを繰り返すようになった。

 ただ一点、簡単に変えることが出来た二重まぶただけは、どれだけ鏡で見ても見飽きることがない『作品』であった。


『先生、小鼻の形と鼻の高さ、何とかなりますか』


 埋没法で二重まぶたの整形をしてからわずか3週間後、彼女は再び美容整形外科を訪れた。

 診察室で、必死の形相で医師に『いかに自分の鼻の形が醜いか』を力説するその姿は、何かに追い詰められているかのようにも見えた。


「ガーゼお願いします。ここ押さえてもらえますか」

「はい」

「吸引します。バイタル気をつけて」

「はい、血圧脈拍正常です」


 鼻の整形、唇、目頭まではまだ良かった。

 身体にメスを入れて、不可逆な『バージョンアップ』を加えているものの、人体の文字通り骨格には手を付けなかった。

 ただ、彼女が自らの骨にまで手を出すのに、そう時間はかからなかった。


 頬骨を削る。

 顎の、いわゆる『エラ』を削る。

 この話を持ち出したときは、さすがに医師も何度か彼女の説得を試みた。

 少し気持ちを落ち着けて、まだダウンタイムというものもあるし、前の整形の影響が落ち着くまで待ってからでも遅くはない。

 じっくり考えて、骨を削るのは、単にメスを入れるだけ、というのとはわけが違う。

 まずはカウンセリングを受けましょう。当院のカウンセラーとお話しませんか。


 そんな医師の言葉は、すでに彼女には届かなくなっていた。


 SNSに整形の『成果』を投稿する度に、フォロワーが増えた。

 投稿につく『いいね』の数は加速度的に増加して行く。

 中には『人造人間』『かえってキモい』『量産型』といったコメントも投稿されていたが、彼女の目がその文字をとらえても脳が理解を拒んだ。

 彼女の目に入ってきたのは、『凄いキレイです!』『私もやってみたい』『その勇気、尊敬します!』といった、彼女の整形手術を手放しで称賛するコメントだけだった。


 SNSのコメントは、彼女の『呪い』をさらに深く大きく育てて行くことになる。


「先生、この患者さんですけど」

「うん」

「……なんでこんなに整形を繰り返すんですかね。充分キレイだと思いますけど」

「あぁ、そっか。君はまだ看護師になってあんま経ってないんだっけ」

「はい。今年5年目です。オペ看になって1年です」


 女の腹に突き入れた管を使って、脂肪をできるだけまんべんなく吸い取りながら、医師はマスク越しにくぐもった声を看護師にかける。


「まぁ僕らは、こういう患者さんに食わせて貰ってるとも言えるからさ、こういうこと言っちゃアレなんだけど」


 脂肪吸引用の機材に、血が混じった黄色い脂肪が少しずつ溜まっていく。


「どうしても必要な場合ってのも確かにあるよ。日常生活に支障が出てるとかね。でもそう言う場合を除けば、整形手術はしないほうがいいんだよ」

「そうなんですか」

「そうだよ。君もさ、打ち合わせの時に一緒にいたでしょ? 話してる時この患者さん、どう見えた?」

「……追い詰められてるっていうか……すごく必死というか」

「でしょ? 醜形恐怖症、整形依存症ってやつだね。あ、ガーゼ、新しいの」

「はい」


 話しながらも、ベテランの医師の手は止まらない。

 彼は美容整形外科の医師としては、もはや職人とよんでも良いくらいの『名医』だった。

 研修医を終えてからすぐに美容整形の道に足を踏み入れた、臨床医からは『直美(ちょくび)』と言われ問題視される立場でもある。


 だが、人を救うといった使命感をカケラほども持たず、単に『稼げるから』という理由で医師免許を手にした彼にとって、そんな周囲からの批判よりも、自宅の豪華な庭に飛んでくるヒヨドリの声の方が耳障りだった。


「この患者さんも、言ってみりゃお得意様だからさ、できるだけ長く通ってほしいんだけどねぇ」

「そ、そういうモノですか……」

「そりゃそうだよ。この人、うちの病院にもう1千万以上落としてくれてるしさ? 君の給料もこの人が出してくれてるようなモンだよ?」


 実際のところ、彼女は借金をして、さらにクラウドファウンディングまでして整形にのめり込んでいる。

 抜け出すことが出来ない沼に、肩までどっぷりとハマってしまっているようなものだ。


「実際ね、身体への負担もあるし? 一気に出来ないからねぇ。今回は腹の脂肪吸引。こないだは豊胸、その前は顎の骨。次はふくらはぎの神経を切るやつだね」

「そ、そんな事して大丈夫なんですか!?」

「大丈夫じゃないよ。だって健康な神経切って、筋肉が動かないようにするんだからさ」


 あっさりと恐ろしいことを口走りながらも、医師の手は止まらない。


「せ、先生は、美容整形受けたりとかは……?」

「えー? しないしない。所詮人間の外見なんてさ、厚さ数ミリの皮一枚の話なんだからさ。中身が伴わないで外見だけとりつくろっても、そのペラさが目立つだけだよ。君もしない方が良いよぉ? 美容整形なんてさ」


 平然と話す医師の姿に、看護師は背筋が冷たくなるのを感じ取った。

 手術はあとどれくらい続くのだろう。またしばらく焼肉ムリだな。


 看護師は、ぐっと吐き気をこらえていた。

今回は幽霊も怪異も出てこない、ヒトコワホラーです。

できるだけ「実際ありそうでゾワゾワする」というようなストーリーを作ってみました。

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