32話「そのころ<聖女の英雄>は④」
「まずい……」
ライラックたち『聖女の英雄』の面々はある悩みを抱えていた。
それは、クエストがうまくいかないことへの焦り、ではない。
いつも通り、クエストは順調だった。
彼らがクエストを失敗したのはただの一度。
あらゆる攻撃の通らないオリハルコンゴーレムという規格外の怪物がいた時のみ。
ただ、クエストを達成したから何の問題もない、とは限らない。
「まずい……」
「おいしくない……」
「硬い……」
四人は一様に硬いパンをかじっていた。
ダンジョン内部で食べる食事は、質が落ちる。
出来合いのものは、作りたてのものに比べれば冷めてしまう。
特に《料理》スキルで作ったものはそれが顕著で作ったものから離れれば離れるほど味が落ちていく。
自炊できればまだよかったのだが、この場にはそれができるものはほとんどいない。
《料理》スキルを取得している料理人などいなかったのだ。
「モミトがいれば……」
フレアはぽつりとつぶやく。
「おい、そりゃどういう意味だ?」
ライラックがじろりとフレアをにらむ。
睨みながら、無詠唱で雷を構成。
それを誰に撃とうとしているかは明白だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。実際モミトが用意した食事はおいしかったじゃない?まあ料理店に比べれば一段落ちたけどさ」
店で出る食事は大抵「おいしく感じさせる」スキルの効果によって美味になっている。
ゆえにモミトの作る料理は店で出るものには及ばない。
ただ、それに準ずるクオリティではあった。
というか、冒険者は普通料理などできない。
《料理》のスキルを習得しなければならないというのが一般常識だが、それに経験値を費やすのは効率が悪い。
そして《美味》のスキルは時間と距離に比例して効果が減少するため、ダンジョン内での食事は基本的においしくないのだ。
ゆえに店で食べるか作り置きされたまずい食事をとるしかなかった。
ただ、モミトは違った。
【非才無能】の恩寵ゆえに一切のギフトを持たない彼は、料理もスキルに頼らず自前でやるしかなかった。
ゆえに、《美味》のスキルなどに頼ることもなく、「そこそこおいしい料理」を作ることが出来るようになった。
結論を言おう。
いつしか冒険者の中で、モミトより料理がうまい人間は存在しなくなっており。
そしてクエストをこなしながら、彼の料理以上のものを食べることは不可能になっていた。
「ちっ、うるせえな。飯がダンジョン内でまずいのは当然だろうが。何をおたおたしてんだよ。大体モミトの飯だって大してうまくなかっただろうが」
「「「…………」」」
普通においしかったぞ、という言葉を三人は飲み込む。
言えば、何をされるかわかったものではなかったからだ。
すでに、彼らの関係性はまともに会話ができないほどにまで悪化していた。
「そもそもよお、別に飯がまずいならまずいで店に行きゃいいだろうが。クエストが終わった後にでもよ」
「ま、まあそれはそうですね」
「そうだな」
「そうね」
三人は、おずおずと首肯する。
それが、歪な関係でしかないと、理解できていないのはライラックだけで。
「ともあれ、クエストが終わったら焼肉でも行こうぜ」
「賛成!」
◇
そうして、クエストが無事に終わり、ライラックたちは食事に向かった。
それが、致命的な勘違いであると気づいたのは、店の前まで来た時だった。
「は、出禁?」
「二度も言わせないでください。そう言っています」
店の前で、焼き肉屋の店長を名乗る男は、ライラックたちをにらみつけてそういった。
「なんで出禁にならなきゃいけないんだ」
「店内での暴力行為、並びにそれに伴う器物損壊」
ぴくり、とライラックの眉が跳ねる。
それは、ただの事実確認だった。
「酷く酔っ払ったうえでの器物損壊、魔法行使、さらには酔って他の客に絡むなど迷惑行為を繰り返しておいて、心当たりがないと」
今度は、ライラックの後ろにいた三人がぎくりとする番だった。
ガードナーには酒に酔って備品を壊したことがある。
フレアは酔って魔法を周囲にばらまき、他の冒険者に大けがをさせたことがある。
セイラは酔ってスタッフに延々と絡んで迷惑をかけたことがある。
総じて、この場にいる四人が全員出禁にされて当然のことをしていたのである。
「確かに、何回かあ、クズ無能モミトを肉喰いながら折檻してたのは事実だ。けど、ありゃあもうだいぶ前の話だろ」
クエスト終わりに飯を食いながら、説教と暴力を与えるのがライラックにとってはルーティーンワークだった。
「確かに、随分前のことですね。ただ、あなた方は謝罪にもいらっしゃらなかった。謝罪に来たのはモミトさんだけです」
「「「「え?」」」」
モミトが、素行の悪い他のメンバーのやらかしを代わりに謝っていたことを、四人は知らなかった。
「噂で、聞きましたよ。彼をパーティから追い出したそうですね」
「ああ?文句あんのかよ」
「いいえ、ありませんよ。ただ、一人として私たちに敬意を払うことすらない。そんなパーティには来ていただかなくて結構です」
店長は、能面のような表情で、決然とライラックに言い放った。
「て、めえ、調子に乗って」
「ま、待てライラック、民間人を攻撃するのはまずい!」
「そうですよ、冒険者資格をはく奪されかねません!」
「そうよ、そうなったらあたしたちだって困るんだから」
「ちいっ、わかったよ」
ライラックは納得したのか、店主に背を向けて、歩きだす。
「行くぞ、他の店で食えばいい」
「あ、ちょっと待ってよ」
三人は、あわててライラックの後を追いかけた。
「全く愚かな」
店長は、呆れたように頭を振って、一人ごちる。
態度も、反省をしないことも救い難く、愚かではある。
結局、彼らはモミトと違って謝罪も弁償もしようとしなかったのだから。
だがしかし、彼の目から見て一番愚かなのは、モミトを追い出したことだ。
戦闘面で、モミトがどの程度役に立っていたかは【料理人】の彼にはわからない。
しかし、ライラックをはじめとして社会性に難のあるメンバーがパーティの体を為していたのはひとえにモミトのおかげだろうという確信がある。
「どういうことだよ……」
ガードナーはため息をつくことしかできなかった。
それはそうだろう、仕方のないことだろう。
「この街で行ったことのある飯屋、ことごとく出禁になってるなんて……」
「これまではなんだかんだ許されていたというのに、何がいけなかったんですかね」
「知るかよ……とりあえず今日はここで食うしかないだろ」
ライラックは不機嫌そうな顔をしながらハンバーグを口に放り込む。
まずくはないが、うまくもない。
おそらく、《美味》スキルのレベルが低いということなのだろう。
「まずいよなあ」
これならダンジョン内部での食事の方がましだった。
そう、彼らは思うのだった。
「まあいいだろう。今日は存分に飲もうぜ!」
「「「おーっ!」」」
そうでもしないとやってられない。
彼らの思いは同じだった。
そしてこの日、彼らが出禁になった店はさらにもう一つ増えたのだった。




