21話「そのころ〈聖女の英雄〉は③」
「ギルドマスター、お疲れ様」
「でも君、モミト君を庇うつもりだったでしょう?」
「さあ、どうかな」
メルフィーナは、肩をすくめて答えた。
「君ってそういうところあるんだよう。判官びいきじゃないけど、弱い立場の人間を見たら放っておけない」
「それは違うよ。私はただ平等に助けたいだけさ」
メルフィーナは、【医師】であり、そうあろうとしている人物でもある。
彼女の慈愛は、すべての傷を受けた人間に向けられる。
そして彼女の知る限り、もっとも多く理不尽な傷を受けているのはモミトだった。
「あくまでも暫定的な措置ではあるけどよう。ま、このままで問題ないと思うねえ」
ギルドマスターから見て、モミトは特に問題のある人物には見えなかった。
しいて言えばまだ経験が浅いというか交渉事になれているようには見えなかったが――それこそ大きなお世話だろう。
むしろ、そのほうがいいかもしれない。
「魔人化はもちろんのこと、精神汚染の欠片すら見られない。まあ、そこまで注意深く観察しなくても、少し話せば侵食の有無くらいは見抜けるんだがね」
「そんなにわかりやすいの?」
メルフィーナは魔人を見たことはない。
ゆえに、《《戦ったことのある》》ギルドマスターにそう問うた。
「ああ、まるで違うよ。魔人はね、本当に話が通じないし、異常だし、人の心なんて存在しないんだよ」
だから少し話せば、魔人でないかどうかはわかるのだと、ギルドマスターはそう言った。
「今回は、彼の恩寵と魔剣の仕様がたまたま噛み合った結果なんだよう」
「それはそうだね」
「それで、ギルド内の誰が魔剣の配置を変えたのかについてはわかったのかな?」
「まだ何も、なんだよう」
ギルドマスターは深々とため息を吐く。
モミトは荷運びのクエストに従って魔剣を持ち出し、契約した。
しかし、それはおかしいのだ。
魔剣はそこらの呪具とは危険度がまるで違う。
ゆえに、絶対に持ち出されることがないように管理されていたはずなのだが――実際はモミトが手に入れてしまっている。
「一応言っとくけど、君じゃないんだよね?」
「そんなわけがない。そもそも、モミトが魔人化する可能性だってあるんだよ」
「だよね。聞いてみただけだよう。ああ、頭が痛くなってきた」
何者かが悪意を持って持ち出した可能性は否定しきれず、何よりほぼ間違いなくギルド職員の誰かなのだ。
「君の《《目》》でも見えてないの?」
「さすがに数に限りがあるからね。呪具の保管庫は滅多に人も入らないし」
「ならどうしようもないか。ひとまず、私の方でも探ってみるよ」
「ありがとう」
メルフィーナが部屋を出ていった後で、ギルドマスターもまた部屋を出る。
「さあて、わからずやの坊やをどうするべきか、考えないとなんだよう」
少しだけずれたサングラスをずり上げながら。
◇
ライラックは、地下の闘技場で拘束されていた。
暴れてモミトを追おうとしたからである。
「ふざけんじゃねえぞ!!!」
縄、鎖、魔法など複数のスキルで拘束された状態で、なお脱出しようともがいている。
その中の半分くらいは、すでに解除されていた。
時間切れではなく、ライラックが破ったのだろう。
さすがはAランク冒険者というべきか。
本当に、実力だけは誰よりもある。
だがだからこそ、惜しいと、ギルドマスターは感じていた。
「僕の麻痺弾も全部捌いてたし、本当にセンスだけならSランクなんだけどなあ」
「ああ?」
ライラックは、近寄ってきたギルドマスターに気付いたらしい。
殺気を露骨にこちらに向けてきた。
「ライラック君、君が怒ろうと暴れようと自己責任の範疇だし、別にいいんだけどね。わかってるはずだよう、君が負けたのは事実だってことはね」
「――っ!」
ライラックは、歯噛みする。
けれど、それをするのは悔しいと感じているからだ。
事実を受け入れているからだ。
それでいい。
というか、ライラックを物理的に止めようとすると、本気で倒す《殺す》しかなくなるため言葉で止まってもらったほうがいいのだ。
「命拾いしたんだよう、ライラック君。殺気を抑えてくれたら助かるかな」
「うるせえ」
「あっ、それとペナルティはあるからちゃんとこなしてね」
「はあ?」
「いやだって、ギルドの中で無差別に暴れまわるのは流石にだめだよう。後日罰金か特別クエストの通達があると思うから、それまで自宅で謹慎してなさい」
「ま、待てよ、謹慎ってそれまで攻略の方は……」
「そりゃ駄目にきまってるでしょ。あっ、破ったりしたら冒険者資格はく奪もあり得るからね?」
「…………クソが」
ライラックは悪態をつくが、それが精いっぱいだった。
かくして、モミトのあずかり知らぬところで、またしてもライラックは凋落への一歩を踏み出すのであった。
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