10話「そのころ〈聖女の英雄〉は②」
「クソッ、クソッ、くそがっ」
ヤマアラシを思わせる黒髪の男――ライラックは拳を壁にたたきつけた。
「なんでっ、アイツが英雄みたいな扱いをされてるんだよ!」
あいつというのは言うまでもなく――モミトのことである。
ライラックたちは黄金ゴーレムを倒せず、命からがら逃げた。
街を蹂躙される音が響く中、何もできずに逃げることしかできなかった。
それが倒されていた。
いや倒されていたのは別にいい。問題はそれを為したのがモミトであることだ。
「絶対にあり得ねえ。あいつが、何か細工をしやがったんだ。そうに決まってる」
ライラックは奥歯をかみしめていた。
自分が倒せなかった化け物を、あんな無能が倒せるはずがない。何かズルをしたに違いない。
少なくとも、ライラックは
「あ、あのさ、ライラック」
「あ?」
フレアがおずおずと彼に話しかける。
「別に、気にする必要ないんじゃない?ほら、もうアイツは私達のパーティを抜けてるわけだし関係ないでしょう?」
「……あー、まあそれもそうかもな」
第一、モミトが英雄と呼ばれたところでそれがなんだというのか。
「俺が、英雄になるんだ」
ダンジョンを踏破するのは、俺で。
目的のものを得るのも、俺で。
《《彼女》》を救うのも、自分だ。
そう、ライラックは彼自身に言い聞かせる。
「よし、これからダンジョンに潜るとするか!」
「それはちょっと待ってもらえるかしら?」
白衣に身を包んだ眼鏡の女性。
ギルド医務室のメルフィーナと言ったか、とライラックは思い出す。
「何の用だ?」
「うーん、ギルドマスターが呼んでる、としか言えないわね」
「ちっ、はあ、わかったよ」
昇格の申請の話だろうか、とライラックは考える。
先日、ライラックたちはAランクパーティへの昇格申請を行った。
というか、その申請が通るようにするためにモミトをクビにした形である。
Aランクパーティに昇格するには全員がBランク以上に昇格している必要があるが、モミトは最低ランクのEからランクが上がっていなかった。
ちなみに、ライラックはA,それ以外のメンバーは全員Bである。
「何の用だよ、ギルドマスター」
「まず単刀直入に言うよう。昇格の話は無しだよう」
「「「「は?」」」」
四人の声が、重なった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいギルドマスター、それはあまりにも」
ガードナーがいつになく、早口になって弁明をしようとする。
ギルドマスターはそれに取り合わず、続けた。
「理由はいくつかあるが、まず一つは酒場での暴力沙汰だなあ。多少のケンカは大目に見ることにしてるがよう、肺に穴開けて顔の骨砕くのはやりすぎだろ。人間のやることじゃねえ」
「そ、それはあいつが言っても聞かないから、暴力でわからせるしか……」
「だから、それが大の大人のやることかって言ってるんだよう。説得に応じないなら、なんでギルドに相談しなかったんだよう?」
冒険者ギルドはクエストの斡旋だけをしているわけではない。
冒険者同士の諍いを仲裁するのもまた、ギルドの仕事である。
ギルドに報告や相談一つせず暴力行為に及んだ時点で、ライラックを擁護することはできない。
「そ、それは……」
ライラックは反論する言葉を持たなかった。
「もう一つ、理由があるんだよう。先日のゴーレムの件なんだがよう」
「……っ!」
ゴーレムという言葉を聞いた瞬間、ライラックの全身からすさまじい怒気が発せられた。
傍にいたフレアたちが、一瞬で青ざめるほどの。
それを知ってか知らずか、ギルドマスターはマイペースに語り始める。
「モミトがあれを倒してくれた件はまあいいとして、だ。問題は君達が逃げだしたことなんだよう」
「で、でも、私やライラックの魔法も効かなかったし……」
フレアが言い訳をしようとするのを、ギルドマスターは再び手で制し。
「ならギルドに連絡してほしかったんだよう。通信用の魔道具を貸し出してたはずだし、それが使えなくても走ればゴーレムより速くたどり着いて応援を呼べたはずだよう」
それでも、あれを倒せるかはわからなかったけどね、というギルドマスターのぼやきをライラックは聞いていなかった。
「本当に、君達も僕も、彼には感謝しなきゃだよう。まあ訊きたいこともあるけどね」
ライラックは、プライドの高い男である。
ゆえに、彼はまるでギルドマスターの話を聞いていなかった。
彼が理解したのは昇格がふいになったということと――モミトがギルドマスタ―に自分より評価されているということだ。
それに対する怒りだけが、彼の中にあって。
ライラックは、それをぶちまけようと、立ち上がりかけて。
「取り消――」
「やめときなよう」
いつの間にか。
ライラックの額に、金属の感触がある。
それは、銃という特殊な武器の先端で。
何か行動に移す前に殺せると、ギルドマスターは最小限の動きでライラックに伝えた。
「冷静さを欠いた君じゃあ、相手にもならない」
「ぐっ」
「若人へのサービスだ。今の無礼は見なかったことにしてあげよう。せいぜい励むことだね」
そういって、ギルドマスタ―は銃口を部屋の出入り口へと向ける。
それで、話は終わりだった。
◇
ギルドマスターの執務室を出て、ライラックはギルド内をあてどなく歩く。
「くそっくそっくそっ!」
「な、なあ大丈夫なのか?俺達」
「そ、そうだよ、一度冷静に」
「うるせえぞ、ちょっと黙ってろ」
「ひっ」
何かを言おうとしたパーティメンバーをひとにらみで黙らせ、ライラックはがしがしと頭をかきむしる。
(全部全部何もかもあの無能のせいだ!絶対にこの借りは返してやる。そして確実に落とした評価も取り戻す。そうして、俺が)
「英雄になるんだ」
ライラックはそうつぶやく。
言い聞かせる。
自分に言い聞かせる。
言って、聞かせる。
「とりあえず、昇格だ。それさえできれば、あとはどうとでもなる」
ライラックは、そう自分に言い聞かせながら。
新しいクエストの募集を探すのだった。
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