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失恋から前世に目覚めた公爵令嬢 ~最推し目指し、デッドオアアライブに抗ってみた~  作者: 安ころもっち


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第一話


 ここは王国。


 物語は、公爵家の御令嬢、セシリア・アークライトを中心に動き出す。




 公爵令嬢であるセシリアは、このヴァルキュリア王国で最も美しいと称される美貌を持っていた。


 銀色の髪は光を浴びて透き通り、アメジストのように魅惑的な瞳は見る者を虜にし、その透き通るような白い肌は誰もが羨んだ。


 そんな愛されるべき公爵令嬢セシリアに、日々、熱烈なアプローチをし続けているのは、ヴァルキュリア王太子アドリアン殿下であった。


 だがセシリアは、誰もが羨む殿下からの熱烈なアプローチを、つまりはヴァルキュリア王太子妃という未来図を、ことごとく拒絶し続けていた。


 殿下のそれはとても優雅で、見るからに華やかで、誰もが納得する配慮に富んだ、完璧に計算し尽くされたアプローチであったにもかかわらずだ。


 そもそもヴァルキュリア王太子アドリアンのその能力は、歴代の王族の中でも特に秀でている存在で、世間からの評判はともかく、彼女においては最高の婚姻相手であったのだ。


 金色の髪は太陽のように輝き、すべてを見通すサファイアのような瞳を持ち、彫刻のように整った顔立ち。


 ここ数年はセシリアへの必死のアプローチに熱心で、政務には全く関心が無く他人任せとなっているが、本来の彼ば、知性、容姿、政務能力、そのすべてにおいて秀でている存在であった。


 そんな殿下がセシリアの知的好奇心を満たすため、高度な論文や古代文献の翻訳を徹夜で完成させ贈ったり、彼女の好む控えめな色の花を選び、花言葉を添えて届けたりもした。


 目の前で膝を折り甘い声を震わせ愛を囁いたり、おしゃれな贈り物を送ったりということも日常茶飯事で、茶会やダンスのお誘いも日々欠かすことはなかった。


 それでもセシリアは殿下のアプロートを頑なに避け続ける。


 自己研鑽に余念のない完璧な令嬢として知られるセシリアのこの行動は、周囲の誰もが理解に苦しむものだった。


 公爵家という最高の家柄と高い知性をを持つセシリアにとって、王太子という肩書を持つ殿下は、最もふさわしい求婚者だと誰もが認めているからだ。


 セシリアの父である公爵も、母である公爵夫人も、この婚約が成立することを強く望んでおり、この結婚はアークライト公爵家の地位を揺るぎないものとし、未来の繁栄を約束する歓迎すべきことであった。


 それはセシリア自身も充分に理解していた。


 だが、それにもかかわらずセシリアは、殿下からの熱い視線や緻密な配慮を感じるたびに、胸の奥底で強い嫌悪感を覚えるのだ。


 殿下を拒絶する衝動にセシリア自身も明確な理由を見つけることはできなかったが、理屈や思考を超越したそれは、まるで自分の内側から湧き上がる、抗いがたい本能的な感情からくるものと感じていた。


 この不可解な感情はセシリアの冷静な思考回路を麻痺させ、彼女の完璧な日常に唯一の亀裂を生み出していた。




 ある日の朝、光が公爵邸の豪華な寝室に差し込む。


 その完璧な性格ゆえに、彼女の朝は一分の狂いもなく進められるのだった。


 だがその日は少し違っていた。


 侍女が恭しく本日の予定を読み上げた。


「セシリア様。午後三時より王太子殿下との私的な学術談話が予定されております」


 その言葉を聞いただけで、セシリアの心臓の鼓動はわずかに速くなった。


 その鼓動は恋のときめきではない。


 むしろ危険を察知したかのような、強い警戒の色を帯びていた。


 セシリアはこの得体の知れない不安感が理性を覆い尽くし、公爵令嬢としての義務と正反対の行動へと駆り立てる原動力となっていると感じている。


 彼女の魂が、何か巨大で避けがたい運命の流れに飲み込まれることを、必死に抵抗しているかのような、そんな感覚があった。


 朝食のテーブルでは、公爵夫人が優雅にコーヒーカップを傾けながらその話題に触れた。


「セシリア。殿下から昨日届いた藤紫の髪飾りがありますでしょう?あなたの瞳の色に合わせた特注品だと聞きましたが?今夜の夜会でぜひお使うべきよね?」


 セシリアは精一杯の抵抗を込めて返した。


「お母様。今日は控えめな真珠の髪飾りで十分かと存じます」


 公爵夫人の眉がわずかにぴくりと動いた。


「あなたはなぜそう頑ななのですか?」


 侯爵夫人の強い圧のかかった言葉に怯むセシリア。


「殿下は国で最も優れたお方です。そのご厚意を無下にすることは、アークライト家の名誉を地に落とすに等しいのですよ?」


 侯爵夫人にそう言われたが、セシリアは自分の人生の道筋が誰かによって勝手に描かれた筋書きに沿って進むことを、本能的に抗いがたい強い感覚をぬぐいきれなかった。


 この筋書きへの抵抗こそが、彼女にとっての公爵令嬢という役割を超えた一人の人間としての、セシリア自身の証明となるように思えていた。




 午後三時。


 予定通りに王太子殿下との学術談話の時間が始まった。


 その時のアドリアン殿下の立ち振る舞いは一切の無駄も隙もなく、終始完璧なものだった。


 その完璧さは、セシリアにとって大きな不安の種となるのだ。


 公の場で彼がセシリアに示す優しさや、他の貴族に示す満ち足りた配慮は、すべてが計算し尽くされた戦略なのではないかという不信感を、セシリアは拭い去ることができなかった。


 セシリアは彼の微笑みの裏には、強い支配欲が隠されているのではないかという疑念に囚われていた。


 殿下は談話の合間、セシリアに静かに尋ねた。


「セシリア。なぜあなたはそう、私と距離を取ろうとするのですか?」


 殿下はセシリアの目をまっすぐに見つめる。


「もし何か不満があるのなら遠慮なく言ってくれないだろうか?私はそのすべてに応えるよう努力しよう」


 その言葉は優しげでありながら、有無を言わせぬ強い意志と自信に満ち溢れていたように感じたセシリア。


 セシリアはその時、殿下の瞳の奥が一瞬だが獲物を見つめるかのように、輝きを強めたのを見逃さなかった。


 彼はセシリアの自由な意思を尊重しているのではないのだ。


 ただすべてに対処ができるという、彼の支配力のを誇示したいだけなのだ。


 そう感じ取ったセシリアは、衝動的に問いかけた。


「殿下にとって、わたくしの拒絶は障害だとお思いですか?」


 殿下は静かに微笑んだ。


「障害だとは思っておりませんよ。ですが、乗り越えるべき課題だとは思っています。そして私は、それを乗り越えることを努力いたしましょう」


 セシリアはあえて拒絶という言葉を使って確認したが、殿下にとっては、それは単に乗り越えるべき課題の一つに過ぎないようだ。


 言葉を詰まらせセシリアは、ただ微笑みを返すことしかできなかった。


 殿下との時間をただ浪費しながら、彼女は脳内で激しく議論を繰り返していた。


 彼女の公爵令嬢としての理性は、彼こそが最高の伴侶であり、この国の安定のためにも結ばれるべきであると囁く。


 しかし彼女の本能は、この完璧な男に近づくことを命がけで避けるべきだと叫んでいたのだ。


 この理性の声と本能の叫びの対立は、セシリアの心を常に疲弊させていた。


 彼女は公の場では常に完璧な微笑みを保ち続けたが、その内面では激しい葛藤が繰り広げられていたのだ。


 毎夜、自室に戻り柔らかなベッドに横たわる時だけが、彼女が自分自身を取り戻す唯一の時間だった。


 彼女は誰にも打ち明けられない秘密として、殿下の完璧さに潜むかもしれない得体の知れない恐ろしさを感じ続けていた。


 その根深い恐れこそが彼女を、周囲の期待や常識に抗う、制御不能な行動へと駆り立てる原動力となっていた。


 両親はセシリアの煮え切らない態度に徐々に焦りを感じ始めていると感じている。


 ここに来る前も、父である公爵から苦言を告げられた。


「セシリア。殿下はいつまでも待ってはくださらないだろう」


 厳しく、しかし愛情を込めてセシリアを諭していた。


「お前が殿下をお選びになることが、アークライト家の繁栄に繋がるのだ。これは義務でもある。分かるな?お前にはこの国で最高の地位に就く運命が定められているのだ」


 公爵はそんな発言を以て、セシリアの意思よりも家門の存続を優先すべきであるという、貴族社会の厳格な掟を改めて突きつけた。


 言われずとも、セシリアはその抗いきれない公爵家としての義務と、その家門が背負う支え切れない程の重みを十分に理解していた。


 このまま拒否を続ければ、公爵家が王太子殿下の不興を買う事態にもなりかねず、それは家門の没落をも意味している。


 しかし、理解すればするほど、彼女の心は名誉や義務から最も遠い場所にある、別の存在へと惹かれていくのだ。


 彼女がひたすら拒み続けたアドリアン殿下の完璧なアプローチの向こう側には、まだ見ぬ別の運命が存在すると信じたかった。


 その存在こそが彼女の心を、重苦しい義務と殿下からの支配から解放してくれる、唯一の安らぎのように思えたのだ。


 その根拠のない反抗心が彼女を運命に抗う姿勢へと駆り立て、彼女の日常は完璧な調和を保ちながらも、その内側から静かに崩壊へと向かい始めていた。


 殿下との時間をなんとなく切り抜けた夜、セシリアは夜会の喧騒の中で意識的に殿下から距離を置くように努めた。


 彼女は人々の視線や期待から逃れるように、会場の隅に設けられた花の装飾に目を向けた。


 その時、彼女の視界の端に一人の騎士の姿が捉えられたのだ。


 彼は子爵令嬢ルミナ・エリスの専属護衛を務める、レオ・バルデスという名の男爵家の騎士だった。


 レオの容姿は、武人としての高潔な精神を体現しているように感じるセシリア。


 金色の短髪と強い意志を秘めたアンバーにも似た瞳を持ち、無駄なく鍛え上げられた体躯がとても魅力的に見えた。


 彼はアドリアン殿下のような華やかさはないが、その存在には揺るぎない誠実さと、武人としての高潔な精神が宿っていたのだろう。


 そう感じたセシリアは彼のことを思い出す。


 レオはかつて王宮の騎士団に所属していた頃から、その武術の腕前は国内最強と謳われるほどだったが、既に騎士団を退団し、子爵令嬢ルミナの護衛に専念していた。


 セシリアの胸が先ほどアドリアン殿下を見た時とは全く異なる種類の、熱を帯びた強い衝動でざわめいた。


 それは警戒ではない。


 理由なき純粋な憧憬(しょうけい)


 抗えない愛慕(あいぼ)だと感じた。


 この感情は、セシリアの完璧な計算と理性を一瞬にして打ち砕く力を持っていた。


 彼は、飾り気のない黒の騎士服を纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばして子爵令嬢の背後、しかし常に手の届く位置に控えていた。


 その立ち姿には公爵家の人間にはない、ある種の無骨な誠実さと強靭な精神性が滲み出ていた。


 セシリアは遠くからレオを見つめながら、彼の存在が自分の人生の筋書きを書き換える可能性を持つ、唯一の要素であることを予感していた。


 彼女の心は、自身の運命に抗うための別の道筋を求めて、レオと言う名の護衛騎士の背中を、熱い視線で追いかけ続けていた。


 この秘めたる傾倒こそが、今後セシリアが歩むべき皆が望む道から逸脱し、複雑な四角関係という泥沼へと足を踏み入れる、最初の、そして決定的な一歩となるのだ。


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