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『光の抜け道で、君に会う』 ──世界のどこかに、私たちの放課後が残っている。  作者: 妙原奇天


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第7話 光の抜け道

 朝と夜の境目が、まるで滲んでいるようだった。

 目を開けても閉じても、同じ色が見える。

 白でも黒でもない。

 世界がまだ、次の瞬間に進むのをためらっている。


 未央は机の上のノートを閉じた。

 書き込んだ名前は、もう七つ。

 健吾、楓、玲奈、蓮、智樹、そして――灯。

 ページの端が少し光っている。

 まるで、紙の中に夜の教室がそのまま残っているみたいだった。


 その夜、鏡は何も言わずに開いた。

 水のように広がり、七人を迎え入れる。

 いつものように机が並び、黒板がある。

 だけど、いつもと違った。


 黒板の文字が、最初から光を帯びていた。


「これが、最後の夜です」


 狼の面の少女が教壇に立っていた。

 声は震えていない。

 でも、その静けさの中に、別れの音があった。


 未央が前に出た。

「灯……なんだよね」


 少女は少しだけ面を傾けた。

 その下から見えたのは、穏やかな笑顔。

 中学の美術室で見た、あの日と同じ。


「そう。私は灯。

 でも、もう“ここ”の灯でしかない。

 あなたたちが作った夜の残像」


 言葉が教室を包む。

 チョークの粉が舞い、時間が止まる。


 健吾が言った。

「じゃあ、俺たちはどうしてここに呼ばれた?」


 灯は静かに答えた。

「私が“覚えていたい人たち”だから。

 みんなのことを、忘れたくなかった。

 だから世界が、あなたたちを呼んでくれたの」


 玲奈が涙を拭った。

「覚えてるって、そんなに大事?」


「うん。

 だって、忘れたら、もう一度会うこともできないでしょう?」


 楓が息を飲む。

「じゃあ、わたしたちは……あなたの記憶の中にいるだけ?」


 灯は頷いた。

「そう。でも、記憶は閉じ込めるためにあるんじゃない。

 渡すためにある。

 あなたたちが、それぞれの現実で“私の続きを生きる”なら、

 この教室は消えていい」


 蓮が口を開いた。

「消えるって、どうなるんだ」


「夜が明けるだけ。

 世界に、朝が戻る」


 その瞬間、窓の外に淡い光が差した。

 初めて見る夜明けの色。

 七人の顔が照らされて、影が一つずつ溶けていく。


 智樹が封筒を握りしめた。

「じゃあ、これ……届けられないのか」


 灯は微笑んだ。

「もう届いてる。

 あなたが書いた瞬間に、届いてたよ」


 黒板の文字が変わった。


「おかえり」


 未央は息を詰めた。

 涙が、頬を流れた。

 あの言葉を、ずっと誰かに言ってほしかった。


「ねえ、灯」

 未央が言う。

「私たち、またここに来られる?」


「ううん。

 ここはもう、いらない。

 だって、あなたたちが“自分の場所”を見つけたから」


 灯の声が、少しだけ震えた。

 彼女の輪郭が淡く光り始める。


「夜は怖かったけど、

 みんながいたから、最後の夜はきれいだった」


 窓の外で風が吹いた。

 チョークの粉が舞い上がり、光の粒になって教室を満たす。


 灯が黒板の前に歩く。

 チョークで最後の一文を書く。


「孤独は、あなたを世界とつなぐ橋です」


 振り返った灯の瞳は、もう涙ではなく光を湛えていた。


「ありがとう」

 その言葉が、七人の胸の奥に染みた。


 光が一気に広がる。

 床も、机も、窓も、白く溶けていく。

 みんなの姿が少しずつ透けていく。


 未央は叫んだ。

「灯!」


 灯は微笑んだ。

「大丈夫。ちゃんと、見てるから」


 最後の言葉が、光の中で響いた。


 朝。

 未央はベッドの上で目を覚ました。

 外は眩しいほどの青。

 机の上のノートを開くと、最終ページに文字がひとつ。


「ありがとう」


 それは、灯の字だった。

 ページを閉じると、ノートの間から一枚の紙が滑り落ちた。

 絵だった。

 七人の後ろ姿が描かれている。

 光の中に立つ少女が、こちらを見て微笑んでいる。


 未央は、静かに息を吸った。

 空気が新しい。

 街の音がやわらかく響く。

 彼女は窓を開け、朝の風を頬に受けた。


 その風の中で、誰かの声がした。


『もう、夜は怖くないね』


 未央は微笑んだ。

「うん。……またね、灯」


 鏡の中、光がゆっくりと静まり、波紋のように消えていった。

 夜の教室は、もうどこにもなかった。

 けれど、その記憶は、七人の中でずっと息をしていた。


「孤独は、終わりじゃない。

誰かに届くまで、光の抜け道を照らす」

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