惨劇の爪痕
冒険者パーティーが全滅した蛇殻林。ただ一人の生き残りであるエルレーンはその場所に戻ると言う。その危険な太古の森へ、リリィも同行することになった。リリィにはリリィの目的があった。それは・・・
リリィの家は、「南部森林」と呼ばれる広大な森林地帯の奥地にあった。
リリィの両親が生きていた頃、そこは、のどかな農村だった。牛がのんびり草を食み、雑木林が点在し、秋には麦の穂が一面に広がった。リリィの父方の祖母が暮らした家で、リリィが小さい頃、よく遊びに来た。祖母が亡くなってからは、リリィの父の所属となり、別宅として管理されていた。
第6霊災の際、高台だったこの場所は、大洪水に吞み込まれずに残った。生き残った人々の避難場所として一時的に使われたが、ほどなくして、森の氾濫が起き、リリィの家があった農村も、深い森の中に埋没してしまった。
人々は森を氾濫させた大精霊の怒りを恐れ、各地へ散り散りとなった。森の家にはリリィ一人が取り残された。リリィは、とある事情で、家を離れるわけにはいかなかったのだ。
闇の獣との戦闘で重傷を負ったヴァレインは、リリィの回復魔法と化け物じみた体力で動けるようになった。しかし、身体に負ったダメージが回復したわけではなかったので、エルレーンと一緒に、ホウソーン家の山塞へ戻り、1週間程度療養することになった。
旅の目的地である旧アムダプール市街まで、往復で4日、現地で1日、不測の事態に備えてもう2日と、都合7日分の食料や日用品も準備しなくてはならない。そんなこんなで、リリィとシアの二人が、再びホウソーン家の山塞を訪れ、ヴァレインとエルレーンに合流して、再び南部森林へと旅立ったのは、闇の獣との戦闘から数えて、ちょうど10日後のことだった。
南部森林を貫き、アムダプール旧市街へと至る古い街道は、1000年の時を経て、なお原型を留めていた。アムダプール時代に作られたという石畳は、荒れ果ててはいたものの、森の中に曲がりくねった1本の線を描くように続いていた。ところどころ穴が開いていたり、起伏がうねっていたりするので、馬車で走ることはできなかったが、森の中の道なき道を行くのに比べれば、遥かに歩きやすかった。
リリィたち4人は、闇の獣どころか、野生動物や山賊にも襲われることもなく、順調に行程を消化し、蛇殻林に入ったところで、最初の夜を迎えた。明るいうちに街道の平地になった場所を見つけ、野営することにした。
石畳の上に丈夫な布を敷いた。布の下には集めた枯れ草を敷いた。石畳のごつごつした感触は残るが、直に寝るよりはずっとましだ。布の上を通るようにロープを張り、大きな布を二つ折りにしてかけた。布の裾を広げて、端を杭でしっかりと地面に固定した。簡易だが野営用のテントができた。男性用と女性用の二張りのテントを設置すると、森から拾い集めた枯れ枝を、石で囲った中に入れ、リリィが魔法で火をつけた。火を囲う石の上に鍋を置き、道中で見つけた川から汲んできた水を注いだ。鍋の水が沸騰したところに、持ってきた干し肉を入れると、水を吸って少しだけ膨らんだ。そこに、干し野菜を入れ、さらに塩や香辛料で味付けをした。
温かいスープを手にして、一行は顔をほころばせた。簡素な食事だが、旅先で食べると不思議に美味しい。このような料理が食べられるのは、旅の楽しみでもあった。天候次第では、煮炊きができず、硬いままの干し肉を口の中で何度も噛んで呑み込み、空腹を紛らわせるしかないこともある。水が手に入ったり、テントを張る場所があったりしたのは幸運だった。
野営には危険が伴う。熊のような大型の肉食獣に寝込みを襲われれば、いくら武器があってもひとたまりもない。また、ホウソーン家のように旅人を助ける山賊もいれば、襲うことを生業としている山賊もいる。たちの悪い人間は、知恵が回る分だけ、獣以上に危険な存在だった。森の中で野営をする状況になれば、ホウソーン家の山塞のありがたみが身に染みてわかった。
「よし!おまえら、寝ろ!」
「何よ?突然」
ヴァレインの言葉に思わずリリィは、いぶかしげな声を出した。
「俺は野営には慣れてるからな。腐っても山賊だからよ」
「腐ってるの?」
シアがいらない突っ込みをして、ヴァレインは眉の端をちょっと上げた。
「一人で大丈夫なの?」
リリィは、〝いちおう〟心配して聞いた。社交辞令と知ってか知らずか、ヴァレインは胸を張って答えた。
「安心しろ。何かあっても一人で戦ったりしねえ。全力でみんなを起こす!」
「……そうね。それが賢明ね」
リリィの言葉は皮肉に聞こえるかもしれないが皮肉ではない。何かあったとき、事故が起きるのは、己の力を過信して、助けを呼ばず、一人で何とかしようとした時だ。
「おっと、エルレーン、おまえは後で起こすからな!」
「ええっ!なんで私だけ?」
「あたりめえだろ。おチビちゃんと子猫ちゃんを起こして、おまえだけ寝るつもりかよ」
「おチビちゃん?」
「子猫ちゃん?」
リリィとシアが、じとっとした目でヴァレインを見た。だが、口に出しては、それ以上は言わない。せっかく見張りを買って出てくれているのだから。
「わかった。じゃあ、任せるわね」
「おう!任しとけ!」
ヴァレインは威勢良く答えた。
頼りにはなるのよね。意外と気も回るみたい。口の悪さだけ、何とかならないかな?
そう思いながら、リリィは杖をトンと地面に置くと、その場所に気を集中した。杖と地面が接した場所を中心に光のドームがフワッと広がった。
「な、なんだ!?」
術の発動時には凝縮されたエーテルが光を放つので、暗いところだとエーテルを操れない人にも、魔力のドームが見えるのだ。
「結界を張ったのよ」
ヴァレインに説明する。
「結界だと!?」
「そう。虫も含めて生き物が入って来れなくなる」
「おお、それは便利ですね」
エルレーンが感心したように言う。
野営していると蚊や蠅といった小昆虫がやっかいなのだ。刺されるのも嫌だけど、何より病気を媒介されて死に至ることもある。蚊や蠅がいない場所を野営地に選ぶのがセオリーだが、こんな森の中では選びようがない。
「生き物って、どの程度まで防げるんだ」
「ドラゴンより弱い生き物は入って来れないわ」
わたしの説明を聞いて、エルレーンとヴァレインが仰け反る。
「それじゃ、見張りなんか、いらねえじゃねえか」
「だめよ」
わたしは即座に答える。
「〝闇の獣〟に通用するかどうかは、わからないわ」
数日前にヴァレインに大怪我を負わせた黒い獣。ヴァレインは、その禍々しい姿を思い出し、薄ら寒そうな表情で押し黙った。
わたしの想像が合っているなら、あの〝闇の獣〟は……。
止めよう。
リリィは、悪い想像を振り払った。夜の森は心に魔を呼び込む。〝あれ〟が、あの子の結界を破って外に出られるはずがない。リリィは、胸に手を当て、服の下のペンダントトップにそっと触れた。闇の中で、そこは、そこだけは温かい熱を持っているようだった。
翌日、テントや荷物を野営地に残し、必要な物だけを持って、4人は、緩やかな坂になった街道を上っていった。やがて、石造りの建物の屋根のようなものが見えてきた。その構造物は、斜めに傾き、途中から地面に埋まっていた。
その遺跡の前に何かが見えた。
山道に惨劇の爪痕はそのまま残っていた。すでにかなりの時間が経過しているのに、獣に荒らされることもなく「そのまま」残されていた。
リリィたちは、誰一人言葉を発することなく作業に取りかかった。
人間の遺体を穴を掘って埋めるだけの、ただただ単純な作業だ。この事態を予想してここに来たので、スコップなどの必要な道具は持っていた。しかし、人間が入るぐらいの穴を山道の脇に掘るのは、かなりの重労働だった。
昼頃に到着したのに、街道脇の小さな平地に3つのお墓ができたときには夕暮れになっていた。この場所に留まるのは、あまりにも辛いので、疲労で倒れ込みそうになるのをこらえて、日が落ちるまで来た道を急いで戻った。
野営地に残っていた竈を使って、昨日と同じような食事を作った。それを、みんな、無言ですすった。昨日は、あんなに美味しかったのにと思いながら。
人は死ぬ。
善人であろうと悪人であろうと、そして、どれほど強い者であろうとも。そして、死者に治癒魔法は無力だ。エルレーンが息も絶え絶え生還してから、随分と時間が経ってしまっている。遺体の損傷は激しかった。例え、すぐに戻ることができたとしても、何もできることはなかっただろう。エルレーンも、それはわかっていたはずだ。彼は、最後の一人が倒れ伏すまで、その瞬間を、その目で見ていたのだから。
それでも戻らずにはいられなかった。何もできなかったとしても。
リリィにはエルレーンの気持ちが痛いほどわかった。リリィの目的は、エルレーンと同じだった。例え戻ったとて、どうにもならない場所へと戻り、あの時流せなかった涙を流すことぐらいしか、できることはないのだから。
やっちまいました。大変申し訳ございません。
昨日の夕方、新しいエピソードを追加したのですが、間違えて「次の話」を書いてしまいました。
この話は、1年前に書いたものをリニューアルしたものだということは、これまでも解説してきましたが、当時掲載していた「The Lodestone」(スクエア・エニックスのMMORPG『ファイナルファンタジーXIV』の公式ブログサイト)には、FF14の日常を描いた日記も混在して掲載していたこともあり、第9話を見失って、第10話が前話の続きだと思って、書き終えて載せてしまったのです。
なんか、おかしいな~とは思ったのよ。明らかに話が飛んでいたので。その飛んでいた部分を新しい話を挟んで埋めて、うまくつながるようにしたところで、後から第9話が出てきたんです。
慌てて公開したエピソードを削除したものの、いつも公開直後に30人ぐらい読んでくれているので、きっと〝あれ〟も読んでしまったよね。せっかく読んでくれたのにっていう思いと、ネタバレになってしまったっていう二重の意味で、大変申し訳ない><
読んでしまったかもしれない第10話は、急いで書き直してアップしますね。続きを楽しみに待っていただけるとありがたいです。




