仮初の平和な日々
引き続き、お話を読んでいただき、ありがとうございます。このお話は、スクエアエニックスのファイナルファンタジー14というゲームと世界観を共有しています。ゲームをやったことのある人にとっては「あれ?ゲームと違うぞ」という違和感が広がっていくと思います。ゲームより100年ほど前のお話だからです。また、ゲームをやったことない人は新鮮な気持ちで読めると思います。次回作も、できるだけ早く公開しますので、続きを想像しながら読んでいただければと思います。それでは、今日の舞台の開幕です!
「リリィ、これ、どう?」
「うーん、もうちょっとかな。明日には食べごろになるかも」
「そうなんだ。トマトって難しいんだね」
「……わたしには、シアが獲ってくるウサギを捕まえる方が難しいと思うけどね」
朝の空気は、まだちょっと肌寒い。前夜の雨の雫が、葉や実の上で水玉になり、高く昇り始めた朝の太陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。濃い緑の葉を茂らせた木々。水を吸い込んで黒々とした土。トウモロコシの房がぴんと立ち、トマト、ナス、キュウリといった夏野菜の、色とりどりの艶やかな実が重そうにぶら下がっていた。
リリィがシアを家に連れ帰ったのは、1年前の春先のことだった。シアの背中の傷は深く、意識を取り戻した後も、回復には時間がかかった。シアが自由に飛んだり跳ねたりできるようになったのは、ヒマワリが、ぐっと太陽に顔を向け、花開く頃だった。
シアが外出できるようになると、リリィはシアに付き添って森を回り、シアの村の人たちが生き残っていないかを探して回った。人が暮らした痕跡は、あちこちで見つかったが、どこにも人の姿はなく、かといってリリィが懸念していたように死体が転がっているようなこともなかった。シアは、村人が残していった道具の中から、弓矢や短刀など、狩猟で使えそうなものを拾って使った。
稀に、シアやシアの家族を襲ったのと同じような闇の獣に襲われることがあった。最初の頃はリリィが魔法で倒していたが、そのうちに、シアが「自分でも倒してみたい」と言い出したので、リリィはシアに魔法を教えた。シアには魔法適性がなかったのか、ことごとく失敗に終わったが、ただ一つ、付与魔法だけは、才能があったらしく、繰り返し修練することで、弓矢の鏃(やじり:矢の先端部分)や短刀の刀身に光属性の魔力を付与できるようになった。
光属性魔法が付与された武器は、闇の獣に致命傷を与えることができた。やがて、シアは、接近戦でも遠隔戦でも、闇の獣を単独で圧倒できるようになった。
シアは、けがが完全に回復すると、単独で森を探索するようになった。シアの身体能力は、おそらくは猫型獣人であるミコッテの中でも飛び抜けて高く、行動範囲は、どんどん広がっていった。
シアは、毎日のように森を探索し、闇の獣を見つけては排除していった。そのついでに、必要な分だけ、ヤマドリやウサギなど、食肉となる動物を持ち帰った。
1年後には、リリィの家を中心とした半径10km圏内からは、闇の獣が一掃された。シアは、それでも手を休めることなく、さらに探索範囲を広げていき、ある日、森の奥で、古城らしき遺跡を発見した。シアの並外れて優れた感覚は、その古城こそが、闇の獣の発生源だと告げていた。
「ねえ、リリィ」
トマトを収穫を終えて、ジャガイモの畑に移動する途中で、シアがリリィに話しかけた。
「行かない」
リリィは即答した。
「まだ、何も言ってないじゃん!」
シアが憤慨して言った。
「だって、シアったら、毎日、同じこと繰り返してるんだもの。シアが見つけた古城に行ってほしいって話でしょ?」
リリィが、うんざりした顔で答えた。
「ねえ、お願~い。絶対、あの城が闇の獣の発生源だって!でも、結界が張ってあって、中に入れないの」
シアは食い下がった。
「だから、行かないって」
リリィの返事はつれない。
「え~なんで~?」
「わたしには関係ない」
リリィは冷たく言った。
「関係ないって……世界の危機だよ!下手したら、みんな死んじゃうんだよ!」
「シア、手、止まってる」
「ぶ~!」
シアは頬を膨らませて、ジャガイモの収穫を始めた。
「ねえ、もしかして、リリィってば、わたしの話、信じてないの?」
シアは無邪気に聞いた。
「そんなことない」
リリィは素っ気なく答えた。
「……ふ~ん」
「ほら、ここはいいから、次の畑に行くよ」
「は~い」
二人は大豆畑に移動した。大豆は、まだ緑色の鞘の状態だ。その日に枝豆として食べるだけ取って、残りは成熟してきたら大豆として収穫するのだ。
「シアの傷なんだけど」
リリィがぽつりと言った。
「ん?」
「シアの傷、魔素が混じってた。あんなこと、普通の獣にはできないから」
一瞬、シアが手を止めた。
「そっか、リリィには〝そんなもの〟も見えちゃうんだね」
「ええ。だからシアの話を信じてないわけじゃないのよ」
リリィはうなずいた。
「リリィって魔女なの?」
リリィは思わずシアの顔を見た。
「どうして、そう思うの?」
シアもリリィの顔を見て、「だって」と言って目をそらした。
「この森には入っちゃダメだって、パパが……。森には魔女が住んでるからって……」
「そうなんだ」
リリィは〝大人の〟顔で微笑んだ。
ガサッと音がして、二人は振り返った。
ほんの数10cmのところにウサギがいた。さぞウサギもびっくりしたことだろう。一瞬目が合った後、一目散に茂みへと飛び込んで行った。
「捕まえられなくて残念だったね」
リリィが言った。
「ウサギは、すばしっこいから、先に見つかっちゃったら無理だよ」
シアは、冷静を装ってそう答えたが、後を追いたくてうずうずしているのが口元から見え見えだった。そんなシアの様子を見て、リリィはふっと表情を緩めた。
「あたしね」
シアが真剣な表情をした。
「リリィが魔女でもいいよ。リリィみたいな人が魔女なら、あたしが怖がる必要ないもん」
「……そう。ありがと」
リリィは少しだけ寂しそうな表情になった。
リリィには、シアに言えない秘密があった。秘密を守ることは、シアとリリィと、二人の生活を守るために必要だった。その秘密は、リリィがここで生きる意味だった。人の記憶から失われた、遥か昔から続いてきた約束だった。だが、それは、永遠ではなかった。
終わりの時が近づいていた。
この作品は、わたしが再び小説を書き始めて最初の作品だと、前回のあとがきで書きました。このときから「即興で書く」というスタイルで書き始め、まだ書き慣れていないこともあり、さらに、話が進まないとわからないこともたくさんあって、原形の作品は、非常にシンプルに書かれていました。例えば、今回の話で語られている「リリィの秘密」とは何なのか、このエピソードを書いている時点では、ほんとにわからなかったのです。「ああ、秘密があるんだなあ。何だろうなあ」ぐらいの読者と変わらない認識でした。今は「わかっている」上で書き直していますが、元の作品の形を壊さないようにしているので、至ってシンプルで短いですね。次回からは、人物も増えて賑やかになってくると思います。




