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最後の戦い

謁見の間の封印を自ら解いたリリィは、宿敵、大妖魔と対決する。

廃墟の闇に、巨大で壮麗な1枚の扉が浮かんでいた。


リリィが扉の中に消えて3時間が経過した。時刻は夜8時過ぎ。もやのようなものに包まれ、元々薄暗かった城の廃墟は、夜になり、手を伸ばした先さえ見えない闇に覆われていた。城を徘徊していたファントムも姿を消した。虫の声や風が梢を揺らす音さえない。完全なる闇と静寂の中、白樫しらかしの扉は、固く閉ざされたまま、燐光のような、ほのかな白光を放っていた。


「来る!」


うずくまって、それこそ猫のように寝ていたウィンディが、ぱっと体を起こし、扉に向き合った。


扉の白光が、爆発するように強さを増し、闇を白く塗りつぶした。固い扉がカシャーンとガラスが粉々になるような音がして砕け散った。空気が膨らんではじけ、かろうじて形を保っていた塔や城壁が吹き飛んだ。


ウィンディが張ったバリアが一瞬の差で間に合った。回転しながら飛んできた人の頭ほどもある石材が、バリアに当たって跳ね返された。塔を形作っていた石材が、四方八方に飛び散り、そのうちの幾つかは森の大木を直撃したようで、あちこちでバキバキメリメリと生木が裂ける音がして、ズズゥンと地響きがした。


白光が収まると、そこは更地になっていた。重厚にそびえ立っていた塔は完全に吹き飛ばされ、跡形もなくなった。同時に空中を覆っていたもやも吹き飛んだようで、遮るもののなくなった頭上には満点の星空が広がっていた。


星明りに照らされた更地に、女の子と、巨大な翼を広げたモンスターが出現した。


「リリィ!」

みんなの声が重なった。


バリアを解除したウィンディが、空中をふわりと跳んで、10mほど先にいたリリィの肩に着地した。

「大精霊の加護はこの通り。さあ、1000年の決着をつけましょう」

リリィが高らかに宣言すると、それに対抗するように、モンスターが吠えた。熊がうなるよりも低い耳障りな重低音が空気を震わせた。


「何あれ?あんなの見たことない」

シアが怯えた声を出した。背丈は十数m、翼を広げた差し渡しも十数mはあった。ドラゴンにも匹敵する巨大さだ。

「その姿、まさかディアボロスか!」

エルレーンが叫び声には畏怖が混じっていた。


ディアボロス。


異界ヴォイドの魔王と呼ばれている。妖魔最強と呼ばれる強大な魔力を持つだけでなく、未来を見通すと言われるほど狡知に長け、生命そのものを恨んでいるかのように残忍であると伝わっていた。


1400年前、マハは抵抗を続けるアムダプールを征服するため、禁断の扉を開け、ディアボロスを召喚した。アムダプールは、壊滅的な被害を受けつつも、苦闘の末ディアボロスを封印したとされている。疲弊したアムダプールは、その後の大災害に耐えられずに滅んだ。同時にマハも、暴走した妖魔によって滅ぼされた。マハの滅亡にもディアボロスが関わっていたのではと噂された。


「そいつはディアボロスではないわ」

リリィが静かに言った。その場にいた全員が息を呑んだ。

「え?じゃあ、こいつは?えぇっ?」

ヴァレインが混乱して声をあげた。妖魔は沈黙したままだ。

「ディアボロスでないとすれば、何なんですか、こいつは?。とてつもない魔力を感じますが」

エルレーンの声が震えていた。

「妖魔よ、正体を現しなさい。おまえの擬態はとっくにばれているんだから」

リリィが鋭い声で打ち据えるように言うと、妖魔は声をあげて笑った。妖魔の身体を覆っていた「何か」が、滲むように溶けた。禍々しい赤光を放つ翼は消え、おぞましい巨大な角を持った妖魔が出現した。

「いかにも、我は主君ではない。あのお方は、他にやることがあるとおっしゃってな。我に後を託されたのよ」

「封印される直前に、すり替わったってえのか。ディアボロスはどこに行った!?」

「控えよ!」

妖魔は魔力そのものが乗ったような重々しい声を発した。

「家畜ごときが、あの方のお名前を口にするなど万死に値する」

妖魔の手元から漆黒のリボンのようなものが伸び、ヴァレインに襲いかかった。

「ぐっ!」

ヴァレインは手に持った剣で受け止め、勢いを抑えきれずに跳ね飛ばされた。

「ほう、よく受け止めたな」

妖魔が関心したように言った。

「この剣は特別製なんでね」

ヴァレインは何とか身体を起こし、軽口をたたいた。

「きゃあ!」

背後に回り、ジャンプして頭上から妖魔に飛びかかったシアが、不可視の力に跳ね飛ばされた。

「がっ!」

死角から術を放とうとしたエルレーンを、黒い塊のようなものが直撃し、エルレーンも跳ね飛ばされた。

「我が名はフェルディア。あのお方の重臣の一人である。そこにいるのは、あの忌々しい王族最後の生き残りであろう。その魔力吸い尽くして、その首を手土産としてくれるわ」

妖魔は、ぬめぬめした舌をじゅるりと出した。次の瞬間、グワッっという空間を歪ませるような爆音がして、巨大なエネルギーの槍がリリィに向かって飛んだ。ゴッという鈍い音がして、金色に輝く盾が、不可視の槍を押し留めた。

「そう簡単に行くかな?」

後ろに控えていたベルマンが、目にもとまらぬ速さでリリィの前に移動し、槍を受け止めたのだ。槍は黄金の盾の上で脈動するように力押しを続けていたが、バチッっという音がして、弾き返された。妖魔がわずかによろめいた。

「貴様、ベルマンか!」

妖魔が驚愕の声をあげた。

「ほう、うれしいねえ。妖魔にまで名を知られるとは」

ベルマンがにやりと口角を吊り上げた。

「我が主君と相打ちになり、消滅したはずの貴様がなぜ……」

「それは、お互い様ってもんだろ。俺も、まさか、消滅したはずのディアボロスが逃げ帰り、こんな小物を後始末に残していったとは思いもしなかったからなあ」

「おのれぇ……」

妖魔の身体から黒炎が噴き出した。

「ファントムごときが、我を止められると思うなよ」

「ありゃ、バレちまったか。だが、俺は一人じゃないんでね」

ベルマンは盾を構え直した。黄金の盾が輝きを増した。

「姫様、じいじが奴の動きを止めます。その間に」

「わかったわ。お願い」

リリィは杖を垂直に立て、そのまま、上に掲げた。リリィの澄んだ唄が闇に満ちた空間に広がった。

「なんだこりゃ、急に身体が軽くなった!?」

ヴェルマンが自分の身体を不思議そうに見た。

「リリィのバフだよ」

ウィンディが言った。

「うおぉぉぉぉ!」

ベルマンが雄叫びを上げて妖魔に突進した。剣を捨て、両手で盾を支えて妖魔に激突した。

「ぐおぉぉぉ…」

妖魔が苦し気な声をあげ、動きを止めた。

「みんな、今だ!妖魔の妖気を削り取るんだ!」

ウィンディの声に応えて、シアが、ヴァレインが、エルレーンが、一斉に妖魔に攻撃を加えた。一見、効いている様子はないように見えるが、じわわと黒炎が削り取られた。速く、もっと速く!全員が一心不乱に黒炎を削り続けた。時間がとてつもなく長く感じられた。

「みんな、離れて!」

リリィが叫んだ。リリィと頭上のウィンディが同期したように両手を前に突き出し、そこから白い光の奔流が放たれ、ベルマンごと身体と盾を貫通し、妖魔の身体に突き刺さった。

「ぐあぁぁぁ……」

妖魔は悲鳴を上げたが、白い光は妖魔の身体で押し戻され、貫くことはできない。リリィとウィンディが力を振り絞ると、光の奔流がやや強くなった。

「まだ、だ……」

妖魔は体勢を立て直し、一歩前に踏み出した。ベルマンの盾をつかむと、ベルマンごと光の奔流を力づくで押し返し、一歩、また、一歩とリリィに近づいていった。


その時、リリィの身体を、二つの白い光の玉が包み込んだ。

「父様、母様……」

リリィは、温かいものに全身が包まれるのを感じた。光の奔流が急激に強さを増した。妖魔が足を止めた。身体が硬直し、一瞬後に貫通した光が妖魔の背中から噴き出した。

「ぉぉぉぉぉ……」

怨嗟と慟哭の入り混じったような声が響き、小さくなり、消えていった。妖魔の身体も光に溶けるように消滅した。光を失った、その場所は、何事もなかったかのような静寂に戻った。

「終わった、のか……?

ヴァレインが剣を鞘に戻した。他のみんなも武器を収めた。頭上には晴れやかな星空が広がっていた。

「リリィ!」

どさっと音がして、振り向くと、リリィが石の床に倒れ込むところだった。


リリィは温かい光の中にいた。次第に熱は失われ、光は弱くなっていった。

「父様!母様!」

リリィは必死で叫んだ。

「泣かないでリリィ」

優しい声がした。大広間に入った時とは違う、作り物でない本物の母の声だった。

「私たちは、リリィが妖魔と対峙するこの時のため、封印された空間で魂となって1400年待ち続けたのです」

「よくやった、リリィ。これで、囚われていたアムダプールの人々の魂も解き放たれ、星界へ還ることができる」

リリィは両手を胸に当て、母の、そして、父の声を胸の中に受け止めた。

「リリィ、許しておくれ。私はリリィにとって、いい父親ではなかった。私では、あの妖魔に勝てなかった。1400年後のリリィ以外に、誰も勝てなかった。人類の未曽有の危機に対して、選択できる方法は、他になかったのだ」

「アムダプール最後の王女がアムダプールを滅ぼす。私の予言を、リリィは見事に叶えてくれた。母はあなたを誇りに思います」

リリィは、身体を包む温かさが心の中に広がり、満たしていくのを感じた。

「リリィ、あなたは、あなたを縛る鎖から完全に解き放たれました。これからは、自分のために生きて。どうか未来で幸せに。私の娘、リリィ」

「ようやく第6霊災が終わるのだ。これから新たな試練もあろう。だが、私の娘、私達の娘、リリィならきっと乗り越えていける。リリィの未来に祝福のあらんことを」


リリィが目を覚ますと、そこは、知らない部屋の中だった。傍で見守っていたメイド服の女性がぱっと立ち上がった。

「お目覚めになりました!カヌ・エ様!」

一人の女性がリリィが横になっているベッド脇の椅子に座った。見覚えのある女性の顔が、リリィの顔を覗き込んだ。20歳台前半の若々しさと、老人のような叡智が共存する不思議な顔だった。

「カヌ・エ……」

「リリィ、安心してください。ここは、グリダニアの私の邸宅です。あなたは、困難に打ち勝ち、無事に生還しました」

「みんな……は?」

「シア、エルレーン、ヴァレイン、みんな無事ですよ」

にゃあ、と声がして、1匹の黒猫がリリィの枕元に飛び乗ってきた。

「大精霊は一時的に力を失い、ただの黒猫になったようです。また、力を蓄えれば戻ってくるでしょう。黒衣の森を蝕んでいた妖魔は滅び去ったのですから」

リリィは手を伸ばして黒猫の頭をなでた。ゴロゴロと喉を鳴らす様子を見るに、本当に、ただの黒猫になってしまったようだ。

「父様…は?母様…は?」

カヌ・エは静かに首を振った。

「リリィの身体は金色の光に包まれ、やがて消失したと聞いています。お二人は星界に還られたのでしょう」

「じいじは?」

「あなたたちに同行していた騎士は、あなたの無事を見届けた後、溶けるように空中に消えたそうです。父君と母君と同じく、星界に還られたのでしょう」

「……そう」

カヌ・エは、そっと目を閉じたリリィに微笑んだ。

「ゆっくりお休みなさい。次に目覚めた時には、もっと元気になっているでしょう。あなたをとらえていた呪いのような鎖は消えています。もう、あなたは悪夢にさいなまれることはありません。安心してお休みなさい」

リリィの意識はそこで途絶えた。




「リリィ、今日は何にする?」

見せに立ち寄ったリリィに魚屋の店主が声をかけた。いつものように。

「何がお勧めかしら?」

「そうさなあ、雨乞魚のいいのが入ってるぜ」

「いただくわ。この前のは美味しかったから」

「まいど!」

紙に包んだ魚を受け取るリリィの顔を、魚屋の店主はじっと見た。

「なに?」

「あ、いや、なんでもねえ。ただ、以前に比べて柔らかくなったっていうか、なんかこう、うまく言えねえけど、幸せそうだなって思ってな」

「そう、ありがとう」

リリィは、一礼すると、魚屋を離れた。

「リリィ!」

「シア、買い物は終わった?」

「うん。珍しい香辛料がいっぱい。街道からモンスターが少なくなって、アラミゴから豊富に入荷するようになったんだって」

「そう、よかったわね」

「うん!これで鶏肉、もっと美味しくなる。魚だって!」

「シア、見て、これ」

リリィはバスケットの中身をちらりとシアに見せた。

「わあ、美味しそう!」

「帰ってさっそく食べましょう」

「うん。うん!」

シアは尻尾を振りそうな勢いだ。


リリィの瞳は未来を見ている。母譲りの未来を見通す力だ。父と母がつないだ命が、自分に息づいている。父と母が命をかけて救った未来がその先にある。1400年も前の、おとぎ話のような話だ。祖父、じいじ、母様、父様、城の騎士達、魔導士達……諦めなかった人々の思いが未来をつないだ。アムダプールの子孫達が、グリダニアで今を生きている。


「さあ、帰りましょう、わたしたちの家へ」

リリィはシアの手を取り、歩き出した。顔を上げ、真っすぐに。

ようやく最終話にたどり着きました。ファイナルファンタジー14の公式サイトである「The Lodestone」での第1話を公開したのが2024年7月12日です。一般公開した作品としては、わたしの処女作になります。それから1年半もかかってしまいましたが、こうして、最終話を迎えることができ、うれしい限りです。ヴァレインの過去とか、エルレーンとカヌ・エの関係とか、多くの伏線を回収しないままですが、いったんここで作品を閉じさせていただきます。ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝します。今後も執筆活動を続けていきますので、次の作品も読んでいただけるとうれしいです。また、次の作品で、お会いしましょう。

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