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生と死と愛と偽りと

白い扉の中に消えたリリィ。扉の中では……

リリィは安らぎに満たされていた。

「リリィ」

優しく力強い響きの父の声。

「リリィ」

優しく慈愛に満ちた母の声。

「よくここまで来たね」

父が言った。

「よく頑張ったわね」

母が言った。


その声は、乾いてひび割れた大地に水が染み渡るように、リリィの飢えた心を満たし、潤していった。


「とうさま」

渇望するようなリリィの声に父が優しく微笑んだ。

「かあさま」

きゅっとなった喉から絞り出した声に母が優しく微笑んだ。


リリィは母の胸へと飛び込んだ。母は、温かく柔らかい手でリリィの髪をなでた。

「リリィ、もう大丈夫よ。つらいときは終わったわ。もう頑張らなくてもいいのよ」

リリィは、母の腕の中で、子どものように泣きじゃくった。




リリィはアムダプール城の謁見の間にいた。謁見の間の本体は、白木の扉の形をした魔器だった。扉を開くと異空間に構築された大広間へとつながる仕組みになっていた。異空間は外界からの干渉を一切受けない。万が一、城が敵の攻撃で吹き飛ぶようなことがあっても、異空間に入っていれば安全だ。そのため、非常の際、王族のための緊急避難場所として作られた。その秘密は直系王族のみに伝承され、扉を動作させられるのは、王族の血を引くものに限られた。




ディアボロスは異界ヴォイドの魔王だった。アムダプールとの戦いに行き詰ったマハは、ついに禁断の門を開き、ディアボロスを召喚してアムダプールに解き放ったのだった。


魔王による虐殺の嵐が魔法都市アムダプールを席捲したあの日、リリィが走り抜けた回廊の先、謁見の間にいたのは、リリィの父と母だった。床面には巨大な魔法陣が敷かれていた。リリィは母に抱き上げられ、魔法陣の中心に連れて行かれた。父が左手に持った杖をトンと床に突き立てると、魔法陣は光を放ち、浮き上がった。

「ごめん。ごめんねリリィ。あなたは、あなただけは……」

涙を流す母の姿。

「これしか方法がなかったんだ。許してくれ。リリィ。どうか未来で幸せに……」

悲しい父の顔。


リリィは羽毛布団にくるまれたような、何か温かくて柔らかいものが自分を包み込んだのを感じた。その直後、謁見の間の入り口から、巨大な妖魔が飛び込んできた。リリィの目からは、妖魔の全身が弾け飛んだように見えた。妖魔、ディアボロスが全身から解き放った黒炎は、母が、突き上げた錫杖から生じた金色の繭によって押し返された……と思ったのは一瞬で、ディアボロスの背面から突進してきた、闇色のリボンが母の身体を貫いた。母は一度だけ身体をビクンと震わせ、絶鳴もあげずに動かなくなった。

「かあさまー!」

リリィの悲鳴が響くと同時に、ディアボロスの背面から伸びてきた、もう1本のリボンが、父の首を切り飛ばした。

「ひぐぅっ!」

広間の奥へと弧を描いて飛んでいく父の首を見て、リリィの喉から絞り出されたのは、もはや悲鳴ですらなかった。だが、父は、一瞬早く術式を完成させていたようで、リリィの身体は金色の光に溶けるように消え、半秒遅れて伸びてきた何本ものリボンはリリィがいた空間を空しく貫いた。リリィは薄れていく視界の中で、白木の扉が閉まるのを見た。


リリィが意識を取り戻したのは、夏に訪れていた避暑地の屋敷にあるベッドの中だった。


それから1400年。


戻りたい。かあさまに会いたい。とうさまに会いたい。あの日のその後がどうなったのかを、この目で確かめたい。でも戻れない。戻れば、封印の扉を開ければ、魔王を解き放つことになる。父と母が命をして封印した魔王を。焦燥に突き動かされて城門に行き、畏怖に打ちのめされて去る、その繰り返しの1400年だった。




リリィは目を開けると、母の身体をそっと突き放した。


「リリ……ィ……?」

「ごめんなさい」

リリィは茫然と自分を見つめる母の目をしっかりと見て言った。

「あなたは、かあさまだけど、かあさまじゃない」

「リリ……」

なおも言いすがる母の言葉を遮るように、リリィが素早く構えた杖から発した白光が母を吹き飛ばした。

「リリィ、なぜ……」

続いて言葉を発した父をも、リリィは攻撃魔法で一撃で吹き飛ばした。父と母の姿は、幻影のように掻き消えた。

「なぜだ」

何もない空間から声が響いた。

「あれは、まぎれもなく貴様の父と母であった。なぜ一瞬の躊躇もなく吹き飛ばした」

声からは戸惑いが感じられた。

「なぜ、ですって?あれは、母の身体であっても心はない。父の身体であっても心はない。心なきものは本物ではない」

「ふん。よくわかったな。見た目も声も、そっくりそのままにしておいてやったというのに」

嘲笑うような声にリリィは感情のない声で淡々と答えた。

「とうさまとかあさまは、わたしを愛してくれたけれど、あのように甘やかしはしない。おまえがいる、この空間であれば、共に戦ってくれたはず」

ブゥンと空間が振動する音がして、リリィの目の前に黒翼を生やした巨大な妖魔が現れた。あの日のそのままの姿で。

「心がなんだというのだ、心など幻想に過ぎない。であれば、そのまま幻想に浸っておればよかったものを。さすれば汝は幸せな夢の中で、息絶えることができた。余の心遣いを台無しにしてくれたな」

「心遣い?」

リリィはくっくと喉を震わせて嗤った。

「娘、何が可笑しい!」

「これが、嗤わずにいられるか。おまえは、とうさまとかあさまを踏みにじり、あのような雑な罠で、わたしの、もしかしたらとうさまとかあさまが生きているかもしれないという幻想を叩き壊したのだ」

なおも嗤い続けるリリィに妖魔は初めて激高したような感情を露わにした。

「おのれ、貴様も父と母のように、死んだ方がましだと思えるような目に合わせてくれるわ!」

リリィの目がすっと細まった。

「最後に聞きます。ディアボロスはどこに行ったのですか?」

リリィの言葉を聞いて、妖魔は一瞬、怯んだ様子を見せた。

「そこまで、お見通しというわけか。貴様風情ふぜいが知るところではないわ!」

「その言葉、そっくり、返しましょう。魔王の身代わりにさせられた、哀れな道化師よ。おまえ風情に結界の外のことを知りようもありませんね」

「ぬかせ!貴様は、ここで果てるのだ。知る必要などないわ!」

「わたしも、もはや、おまえに用はありません。とうさまとかあさまを汚した罪を背負って、ここで消えていただきます」

リリィの氷のような冷え切った声を聞いて、妖魔がたじろいだ。

「魔王様でないにしても、貴様程度の力で、一級の大妖魔である俺に勝てるはずがなかろう。この異空間の中には大精霊の力は届かないのだぞ」

「その点はご心配なく。varas widah en orphadeir…」

リリィが何事かを呟き、妖魔に向かって片目をつぶると、謁見の間の壁や床、天井までもが真っ白に輝き、細かい光の粒となって砕け散った。

「リリィ!」

部屋の外で待機していたウィンディがジャンプすると、リリィの肩に飛び乗った。

「大精霊の加護はこの通り。さあ、1000年の決着をつけましょう」

前回から、完全書き下ろしの新作で進めています。1年も経つと、どうしても書きぶりが変わってしまいますね。この終盤は、パズルの残りのピースを搔き集め、隙間がないように埋めていくような作業です。そのため、1話ごとに、結構な時間がかかってしまいました。その分、より瑞々しい新鮮さをもってお届けします。ちょっとエグいかもしれませんがw

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