失われた王城
アムダプールの妖魔が放った〝影〟は、黒衣の森の生物を変質させ、〝闇の獣〟を増殖させた。黒衣の森は疲弊し、大精霊の力は減衰した。リリィが大精霊の力を借りて張ったアムダプールの封印が壊れれば、妖魔が解き放たれる。それは世界の終わりを意味していた。妖魔を討伐するため、リリィたちは森の家を旅立った。
リリィ、シア、エルレーン、ヴァレインの一行は、結果的にはリリィの家に1か月ほど滞在することになった。この間、リリィの転送魔法を使って、グリダニアと頻繁に行き来しながら、念入りに準備を整えた。グリダニアに救援を求める手もあったが、妖魔がいるのは、おそらく最後の決戦の地となったアムダプール城である。リリィによれば、城の構造は、敵の侵入を防ぐため、広間と広間は細い回廊でつながれており、魔法で開閉する扉で仕切られている。大軍が展開するには不向きで、大人数で攻略に当たれば犠牲者も増える。また、リリィや大精霊の存在が明るみに出れば、グリダニアの民に混乱や動揺が広がることも予想された。
リリィとエルレーンは、それぞれの事情で、グリダニアの最高指導者であるカヌ・エ・センナとは旧知の仲だったため、二人がグリダニアの首脳部と交渉を重ねた。最古の神であるハイデリンの使途たる〝光の戦士〟の誕生は絶えて久しい。実際のところ、妖魔と対峙した経験があり、妖魔を討伐できる戦闘力をもっているのは、リリィと大精霊のみであり、〝不屈の巫女〟の異名をもつ希代の英雄カヌ・エ・センナをもってしても、妖魔に打ち勝つことは難しかった。
それでも、「森の守護者としてのグリダニアの立場が・・・」「カヌ・エ様を危険な目に合わせるわけにはいくまい」「それなら、この少女なら危険な目に合ってもよいと?」「そんなことは言っておらん!」と、交渉は揉めに揉めた。最終的には、リリィによる大精霊の降臨をもって、リリィたち4人だけでアムダプール城に突入することが決定された。
アムダプールへと続く街道の入り口であるクォーリーミルには、不測の事態に備えてグリダニア軍の陣が敷かれた。蛇殻林を抜けた反対側のトランキルにも同様に陣が敷かれた。急なことだったので、どちらも、この時は、野戦用の簡易な陣だったが、後にこの2拠点は、旅人の安全を確保するための防衛拠点として長期に渡って整備されることとなる。
トランキルを抜けた先には隣国のウルダハがある。カヌ・エ・センナは、作戦行動に先立ち、ウルダハに使いを送って、陣地の設営がウルダハに対する敵対行動ではないこと、旧アムダプールより災厄が発生する可能性があることを伝えていた。この時期のウルダハは、ソーン朝からウル朝(第二期ウル朝=ウルダハ)に王権が委譲されて間もない頃で、新進の活力に満ちていた。ウルダハは、直ちに北方のドライボーンに師団を派遣し、防備を固めた。
こうしたことが立て続けに起きたので、グリダニア国内は大変慌ただしくなった。リリィもカヌ・エの「事態が緊急であることは承知しています。ですが、せめて見切り発車できるまで待ってください」との懇願を振り切って、アムダプールへ突入することはできなかった。かくして、想定以上に時間がかかり、リリィ達が森の家を出発できたのは、秋も半ばに差し掛かった頃だった。
リリィの家は南部森林の中でも南寄りの丘陵地帯にあった。家を出て丘陵を下っていくと、ウルダハからグリダニアへと続く街道に出る。その街道を北へ進んでいくと、森が途切れ、湿地帯に入る。街道は、湿地を埋め立てて、荷馬車が通れるように整備されているので、徒歩でも快適に進むことができる。湿地帯の中ほどにトランキルの陣営があるので、そこで一泊した。
翌朝、事情を知っている陣営の隊長に、これから蛇殻林に進むことを伝えると、緊張した面持ちで送り出してくれた。
トランキルを出て、すぐに街道を逸れ、湿地帯と森林地帯の境目を進んだ。やがて、土に埋もれ、すり減った石畳が見えてきた。蛇殻林の入り口だ。そこからは、蛇殻林の深部に向かって旧街道を進んだ。
前回の野営地で、再び一泊した。2回目の探索ということもあり、旅は順調だった。闇の獣の襲撃を警戒しながらの旅程だったが、リリィに加えて大精霊もパーティーに加わっているためか、闇の獣どころか、いつもならよく見る魔獣たちでさえ、姿を現すことはなかった。
エルレーンのパーティーが壊滅した地点から、さらに北へ進むと、十字路になった場所に出た。古代の遺跡の一部なのだろうか。何に使われていたのかわからない石の柱が立っていたり、巨大な石のブロックが落ちていたりした。リリィたちは、その十字路を右へ曲がった。進むにつれて、石畳が土に埋もれ、道の痕跡が希薄になっていった。少し前までは森に覆われていたのだろう。少しも擦れた跡のない苔がへばりついていて、長年、人が足を踏み入れていないことが感じられた。木々の茂みの奥から古い石造建築の遺跡が頻繁に顔を覗かせるようになった。
やがて、重厚な石造りの門にたどりついた。
「これは・・・?」
これまでの遺跡然とした古びた石造建築とは明らかに違っていた。建築当時の姿のまま、白く輝く門扉を見て、エルレーンが茫然とつぶやいた。
「王城の門です」
リリィが答えた。
「どうやって開けるんだ、これ?」
磨かれたようにつるつるとした門扉には、取っ手のようなものは見当たらなかった。石でできているのか金属でできているのかさえわからない。形状からして、真ん中から分かれて両側に開く構造になっていると思われるが、その真ん中の継ぎ目さえ見つけられなかった。
「下がってください」
リリィは、そう言うと、静かに右手を扉にかざした。門扉の表層に模様が光る模様が浮き上がった。そして、門扉の中心に上下に走る一本の線が現れると、その線が次第に太くなり、重低音を響かせながら少しずつ扉が開き始めた。
黒猫が、リリィの腕からするりと抜けると、門の前にちょこんと座った。
「リリィちゃん、また、後で」
「うん。ウィンディ、行ってくる」
リリィは手に持った杖をぎゅっと握り、慎重に門の内側へと踏み出した。シア、エルレーン、ヴァレインの順にリリィの後に続いた。
門の内側は小さな広間になっていた。その広間の奥に扉があり、その扉を挟むようにして、槍を持った鎧が立っていた。鎧と言っても、生きている人間ではない。1体は腹に大穴が開いていたし、もう1体は首から上がなかった。
リリィは、少しだけ顔を歪めると、すぐに氷のような無表情になった。
リリィの多重詠唱紋が層を成し、その中心を貫くように光の槍が走った。柱ほどの太さがある光の槍は鎧の1体の腹に突き刺さり、そのまま背中まで突き抜けた。鎧は、一瞬硬直した後、カシャンというガラスが割れるように音を立てて砕け、霧散するように消えた。一瞬後に、隣の鎧も同じ運命をたどった。
「お、おまっ、やりすぎだろ!」
ヴァレインがうめくような声を揚げた。
「っ、しょうがないでしょ!結界の中ではウィンディの力は借りれないんだから!わたしの魔力だけで発動させると、制御が難しいのよ!」
リリィが、目を吊り上げて言い返した。
「ああ、ここは、もう、結界の中なのですね」
エルレーンが言った。
「そうよ。さっきの扉が結界の入り口。わたしかウィンディにしか、開けることはできないの」
エルレーンが振り返ると、そこには、白い一枚板に戻った門扉があった。再び結界は閉ざされたようだ。
結界は、結界の内側からは制御できない仕組みになっていた。そこで、リリィが中に入り、ウィンディが外から結界を維持することになっていた。ただし、妖魔はリリィ一人の力では太刀打ちできないため、王城の最奥、謁見の間まで進んだら、結界を解除してウィンディが合流するという作戦だった。それまでに、城内の魔物は一掃しておく必要があった。
「白魔道士って、ヒーラーじゃなかったでしたっけ?」
エルレーンが呆然としたように言った。
「リリィ、強い!」
シアは、なぜか自慢するように言った。
魔法には幾つかの系統がある。魔紋と呼ばれる図形を描き、エーテルを流し込んで魔力を変質させるもの、精霊を召喚して使役するもの、周囲から集めたエーテルを操作するもの、異界から力を取り込んで発動させる物……
「わたしの魔法は白魔法だけど、エオルゼアに伝わった、幾つかの魔法も習得してるから、組み合わせて使ってるのよ」
「組み合わせてって……そんなことできるんですか?」
エルレーンが呆れたような声で言った。
「何言ってるのよ。カヌ・エだって魔紋、使ってるでしょ」
「足下に1枚だけですけどね……」
エルレーンは呆然としながらも、つっこみを忘れなかった。
リリィは、こほん、と小さく咳払いをした。
「今みたいに、敵が止まっていてくれれば、大きいの1発で吹き飛ばせるけど、乱戦になったら、そうはいかないわ。みんなに頑張ってもらわないとね」
シアが「は~い」と元気よく返事した。エルレーンは茫然自失が収まらない様子だ。
「とりあえす、先に進もうや」
ヴァレインが、考えることを放棄した目で促した。
扉を開けると、回廊が100mほど真っ直ぐ続いていた。回廊は、その先で左へと直角に曲がってるようだ。高い天井は石造りになっていて、両側の壁には、太い根か幹か判別できないが植物の一部のようなものが張り付いていた。
「まあ、中には入れたんだし、順調ですよね」
エルレーンが、そう言って回廊の中へ足を踏み出した。3人もそれに続いた。
回廊の中程まで来たとき、シアが立ち止まった。
「どうした?」
ヴァレインが尋ねる。
「何か動いた」
シアが答える。
「うん?俺には何も見えなかったが」
「見えたんじゃない、振動があった」
ムーンキーパーの感覚は敏感だ。気のせいということはないだろう。時には魔法を上回るような察知力を発揮する。
「みんな構えろ!」
ヴァレインが叫ぶと同時に、周囲から植物の根のようなものが、いっせいに襲いかかってきた。
シアとヴァレインの警告が間に合い、4人はかろうじて最初の一撃を受け止め、押し返した。
「回廊の入り口まで後退だ!」
ヴァレインの指示はもっともだが、おとなしく退かせてもらえるだろうか?
2撃目、3撃目をかわしたり、撃ち返したりして距離を取ろうとしたが。一撃、一撃が手を痺れさせるほどに重かった。
このままだと押し込まれる。
「ヴァレイン、わたしの分も防いで」
「おう!って、ええ!?」
ヴァレインが慌てた。リリィは、それには構わず、杖を真っ直ぐに立て、すっと息を吸い込んだ。
「これは……」
「歌声がバフに!?」
「さすがリリィ」
歌声に合わるように、エーテルが光を煌めかせ、踊るようにうねりながら広がっていった。
ヴァレインとシアの四肢に力が戻った。筋力だけでなく、敏捷性や肌の強度も上がっていた。〝戦歌〟と呼ばれる技で、地味だが、敵が多いときには役に立つ。ヴァレインとシアは、見違えるように動きがよくなり、四方八方から襲いかかる根を、次々に切り払っていった。
ほどなく、襲ってきた植物の根を全て切り落として戦闘は終わった。
「リリィ、もっと歌って」
シアが、ほわんとした顔で言う。
「っ、歌わないわよ!」
「え~」
「え~じゃない」
「それにしても、なぜ、植物が襲ってきたのでしょう。見たところ、モンスターというわけでもなく、ただの植物の根のようですが」
わたしとシアのやり取りにエルレーンが口を挟んだ。よく見ると、今はぴくりとも動かず床に転がっている棒きれのようなものは、確かにただの植物だ。一度、力を絶たれると、復活はしないようだ。
「この城の中は、妖魔によって汚染されているの。何が起きても不思議ではないわ」
わたしが静かに言う。みんなは、薄気味悪そうに、服を上から手で払った。
そんなことをしても落ちないのに・・・
「とにかく、この調子で進みましょう」
「この調子って……こんなのが、まだ続くのかよ」
ヴァレインのうんざりしたような声に、リリィは、「ええ、そうよ」とだけ答えた。
「こんなの」で済めば、まだ、いいのだけど・・・
あの門番みたいなのが、またいたら、もう一度、魔法を撃てるだろうか。
「リリィ、大丈夫?」
気がつくと、シアが、心配そうな顔で見上げている。
「シア……。ええ、大丈夫よ」
「でも、あの人達……」
シアの言葉が宙に溶けるように消えた。
「わたしがやらないといけないのよ」
リリィは杖を握りしめ、先に立って歩き出した。
これは、わたしの戦いだ。
100年間、見ないようにしてきた。
でも、いつまでも、そのままでいいなんてことない。
わかってた。
わかってはいた。
歩き出す決心ができたのだから、きっと大丈夫だ。
この話を書くために何回も「古城アムダプール」に行きました。戦闘シーンは、ぜひ書きたいと思って、ずっと構想を練っていました。ただ、ゲームの白魔道士のスキルとは、かなり異なっていますね。魔力が飛び抜けて高く、100年間も不老不死で、失われた魔法技術を継承していたとしたら・・・といった妄想で、リリィ像をつくりあげていきました。イメージ的には、白魔道士に詩人と召喚士の能力を併せたような感じです。読んでのとおりのチートです。でも、FF14の光の戦士は、それを超えてますよね。