シア
「わたしの生きる意味を台無しにしないで」リリィの悲痛な叫びが静寂の森に吸い込まれた。黒衣の森に発生し続ける闇の獣は、1300年前にアムダプールを壊滅させたヴォイドの妖魔の〝影〟だった。結界が壊れ、妖魔が世界を滅ぼす。そんな運命に立ち向かう決意をしたリリィだったが・・・
あたしはシア・メルン。ミコッテ族(猫型獣人)の17歳の女の子。パパの話だと、あたしたちミコッテ族は、古代アラグ帝国が、北方のトラル大陸に移住させたんだけど、大氷雪時代に、獲物を求めて、凍った海を渡ってエオルゼアに来たんだって。あたしたちは、ミコッテ族の中でも月の女神メネフィナを信仰する種族で、月の守護者〝ムーンキーパー〟って呼ばれているの。
〝ムーンキーパー〟は、狩猟で生活しているんだけど、獲物って、限られた数しかいないの。あんまり人がたくさん集まって暮らすと、森にダメージを与えちゃうから、あたしたち〝ムーンキーパー〟は、数人の家族だけで暮らし、獲物が少なくなってきたら、狩場を移動する。家をもたずに転々として、森の動物たちが増えすぎないよう、減りすぎないよう、調整してきたんだって。
無計画に獲物を獲るヒューラン族や、「森の先住民」を名乗る高慢なエレゼン族は嫌い。あたしたちにとって、森を守ることは、月の女神メネフィナ様から託された大切な使命だったから。
自然の中で生きることに誇りを持っている〝ムーンキーパー〟は、グリダニアの街に近づこうともしなかったけど、あたしたち一家は違っていた。昔、森に重大な危機が訪れたとき、パパとママは、ヒューラン族やエレゼン族と協力して戦ったんだって。それから、パパとママは、みんなと協力することが、いいことだってわかったから、「冒険者」になった。
パパは、よく言ってた。「ヒューラン族だから、エレゼン族だからって理由で争うのはよくない。お互いに助け合ってこそ、いい暮らしができる」って。
パパとママは、あたしが生まれた時に、冒険者を引退して、森の暮らしに戻った。冒険者を辞めたのも、辞めてからもグリダニアの周辺に留まったのは、たぶん、あたしのため。狩りで獲った獲物を街の市場に卸して得たお金で。あたしを、グリダニアの学校に通わせてくれた。
パパやママのように、グリダニアを訪れるミコッテ族は増えてきてるけど、それでも、猫のような耳が生えた容貌は珍しく、中には、からかったり嫌がらせしたりする人もいた。グリダニアはヒューラン族とエレゼン族が作った街で、よそ者を嫌う人が多いの。最近は、カヌ・エ・センナ様が、ゆうわせいさく?とかいうのを取っているから、大人の人に怒られることは少なくなったけど、子ども同士だと仲良くできないことも多くて、わたしには友達がいなかった。
カヌ・エ様は好き。優しいから。カヌ・エ様はヒューランなのに角が生えていて、ずっと若い姿のままだけど、すごく歳をとってるんだって!カヌ・エ様がいなかったら、また、ヒューラン族を相手に戦争になってたかもって、パパが言ってた。でも、歳の話をすると、カヌ・エ様は、すっごく怖いんだって。
でも、そんな「いつもの毎日」も終わりになっちゃった。見たこともない黒い獣が、あたしたちの野営地に侵入してきて、パパとママを殺しちゃった。
最初に狙われたのは、あたしだった。近くの水場で洗濯物を洗っていたら、後ろから背中を爪でざっくりやられた。あたしの悲鳴を聞いて、すぐに、パパとママが来て戦闘になったよ。ママもママも、すっごく強いの。大きな熊だって倒してしまうぐらい。
でも、逃げろって。
あんまり必死に叫ぶから、あたしは怖くなって逃げ出した。しばらくしたら、背中の傷から、冷たいものが身体の芯まで入ってきて、だんだんと、動かなくなっちゃった。最後に見えたのは、大きな木と溶け合ったような家だった。
気がついたら隣にはリリィがいた。身体は冷たくしびれていたけど必死に叫んだ。
「パパと・・・ママが・・・川岸に・・・」
声が出なくて、途切れ途切れ。リリィは、それで察してくれた。
「行きましょう!案内できる?」
リリィがそう言ってくれたから、あたしは力を振り絞って立ち上がった。
「こっち」
足がうまく動かなかったけど、必死で走った。
だけど、もう、遅かったよ。
「見ちゃだめ!」
リリィが叫んだけど、あたしは見てしまった。手足が折れ曲がり、ぐちゃぐちゃになって川原の岩にへばりついた肉塊のようなものを。少し離れた砂利の上に、さっきまでママだった〝もの〟も落ちていた。赤い液体が、たらたらと滴り落ちていた。赤黒い染みが肉塊の下で広がっていた。黒い獣は、肉塊に喰らいつき、むき出しの牙で引きちぎっていた。
リリィは、たじゅうえいしょうもんって言うのかな?きらきらする模様が描かれた円を7個ぐらい縦に並べて、その中心に向かって光の槍を打ち込んだの。怒ってるみたいだった。闇の獣は一瞬で蒸発したよ。あれ、おーばーきるって言うんだよね?
その後、リリィはあたしを抱きしめて「ごめんね、ごめんね」って何度も言った。あたしは謝られる意味がわからなかった。さっきまでパパとママだった〝もの〟を、リリィの肩越しに、ぼうっと見てた。
それからリリィは、お父さんとお母さんのお墓を作ってくれて、あたしは、リリィの家の子になったよ。
リリィは、お城のお姫様だったんだけど、闇の獣の大ボスに、パパとママを殺されちゃったんだって。あたしと同じだね。それから森で一人で暮らしてたんだって。お城には、パパとママの身体が今もあって、リリィは、そこに行きたいんだけど、でも、そこに行きたかったら大ボスと対決しないといけない。それで、リリィが負けちゃうと、大ボスが外に出てきて、世界を滅ぼしちゃうんだって。だから、行けないんだって。その話をする時、リリィは、すごく寂しそうな目になって、わたしをぎゅってするの。
あ、これ、ないしょだよ。お姫様の話と、歳の話をすると、リリィがすっごく怒るんだもん。怒った後で、すごく悲しそうな顔をするの。あたしがいないところで泣いてるのも見ちゃった。だから、ないしょ。
リリィはしっかりしてるようで、生活能力はないの。狩りもできないし、料理も下手。だから、あたしは、もうしばらく、リリィの側にいるね。狩りで獲った兎や山鳥を料理して、リリィがそれを食べて、ちょっとだけ幸せそうな顔になるのが好きなんだ。
いつかリリィが泣かなくてもいいようになるまで。
去年、第16話まで書きましたが、その中では2番目に好きな話です。今回、リニューアルするにあたって、今回の話を書きたい気持ちが強かったから、「やっとここまで戻ってきた」と感慨深いものがあります。この話は、第1話の場面をシア視点に変えただけですが、こうして書き直してみると、物語の進行に欠かせない重要な情報が幾つも含まれていました。この話、気を付けないと、説明不足になりがち。
ミコッテは、スクエアエニックスのMMORPG『ファイナルファンタジーXIV』では一番人気の種族です。ムーンキーパー(通称ムンキ)は、そのミコッテの中では少数派です。わたしのキャラもミコッテだったけど、もう一つの種族、サンシーカー(通称サンシ)でした。FF11のミスラが元になっているそうです。現在は、自キャラをムンキにしていて、普段、見ている自キャラをイメージして、この話を書きました。初出の時は、この話を1時間で書き上げたという記録が残っています。