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精霊の娘

エルレーンの仲間たちは息絶えていた。獣さえ寄り付かない山道で、その日の惨劇の爪痕を残したまま。予想していた悲しい結末を迎えて、リリィたち4人が取る道は・・・

「みんな!起きてくれ!」

真夜中を過ぎて2時頃だろうか。ヴァレインの大声で目を覚ました。




山道で惨殺されていたエルレーンの仲間たちを丁重に葬った後、リリィたちは、前日に設営した野営地に戻った。固い地面に墓穴を掘るのに手間取ったので、夜も遅かったし、みんな疲れていた。前日と同じく、ヴァレインが見張りを買って出てくれたので、後の3人も、同じように疲れているであろうヴァレインに悪いと思いつつも、睡魔と疲労には勝てず、申し出に感謝して眠りについたのだった。


確かにヴァレインは言っていた。「何かあっても一人で戦ったりしねえ。全力でみんなを起こす」と。

まさか、本当に起こされるとは。


「もう、なんなのよ」

シアが眠そうに目をこすった。

「どうしたんですか?見たところ何もなさそうですけど……」

エルレーンが、暗闇を見渡して首を傾げた。エレゼン族は、他の種族に比べて夜目が効くのだ。


森は静かで争った気配もない。一番若いシアでさえ、戦闘の経験は、それなりに積んでいるので、敵意があれば察知できる。危険が迫っているとは思えなかった一行は、口々にヴァレインに文句を言った。


「これを見ろ!」

みんなの不平不満にも動じず、ヴァレインは一点を指した。みんなの視線が、その指の先に集まる。

「猫だ」

「猫さんだ」

「……猫ですね」

エルレーン、シア、わたしが言う。


そこには1匹の小さな黒猫がちょこんと座っていた。


「だあぁぁぁ!そんなこと見りゃわかる!おまえら、寝惚けてるのか!?これが、どういうことか、わからねえのか!」

黒猫はヴァレインの必死の大声にも動じる気配はなく、前足で耳の後ろを引っ掻いた。

「ここには、お嬢が張った結界があるんだぞ!」


お嬢?


聞き慣れない呼称にリリィが首を傾げていると、ヴァレインの声が飛んできた。

「お嬢は言ったよな!この結界には、ドラゴンより弱いやつは入れねえって、そう言ったよな!」

「い、言ったわよ」

ヴァレインの勢いに気圧されながらも答える。

「だったら、これがどういうことかわかるだろ!」

「ん~?」

……シアはわかっていないようだ。

「この猫はドラゴンよりも強いってことだよ!」

ヴァレインが叫ぶ。

「おお~!」

シアが感心する。

「なんか緊張感ねえな、おい!」

「殺気がないですからね」

エルレーンが落ち着いて言う。

「にゃ~ん」

黒猫が呑気に鳴く。

「た、たしかに殺気はねえ。だけど、結界を通り抜けたってことは事実だろ!?」

ヴァレインは納得がいかないようだ。


「ウィンディ、なぜここにいるの?」

リリィが黒猫に尋ねた。

「お嬢の知り合いか!?」

ヴァレインが目を剥いた。


「リリィはぼくの娘だからね」


「猫がしゃべった!」

「ほほう、リリィは猫だったのですね」

「娘ってどういうこと?」

ヴァレイン、エルレーン、シアが、それぞれな反応を返した。

「ウィンディ、合ってるけど、合ってない」

リリィは返答に詰まり、ウィンディと呼んだ猫に訂正を求めた。黒猫は、訂正するもりはないらしく、にゃーんと実に猫らしい声で一声鳴いて、耳の後ろを前足で引っ搔いた。




「じゃあ、順番に説明しますね」

ようやくみんながリリィに説明を求める目を向けた。

「リリィ、ぼくが説明するね」

「ウィンディは黙ってて。ややこしくなるから」

リリィの笑顔にウィンディは沈黙した。


「角のあるアムダプール人は、精霊と交感することができます」

うんうんと、一番わかってなさそうなシアがうなずく。

「そのあたりは角尊つのみことと一緒なんですね」

「うん。それが一番理解しやすいかな」

リリィはエルレーンの質問を肯定した。角尊つのみことというのは、ヒューランの中から稀に生まれてくる角を持った人のことで、精霊と交換する力を使って、黒衣の森の大精霊と対話し、人が住まうことを認めてもらった。現在は、人々の指導者として、グリダニアの国家運営の中核をになっている。


「角尊はアムダプール人の子孫なのよ」

「なるほど。それで角尊は白魔法を伝承してるんですね」

エルレーンが納得したようにうなずいた。それを見て、リリィは怪訝そうな顔になった。

「角尊が白魔法を継承してることは秘匿されているのに、よく知っているわね」

「あ、いえ、それは……」

エルレーンが言葉を濁した。

「おいおい、話が逸れてるぜ」

ヴァレインが口を挟んだ。


エルレーンの態度には疑問をもったが、リリィは説明を続けた。

「わたしは、アムダプール人の中でも、取り分け精霊と交感する力が強いのです。それで、大精霊の巫女となったのです」

「大精霊の巫女ですって!」

エルレーンが驚愕の声を揚げる。

「大精霊って、ほんとにいるのか!?」

ヴァレインが呆然と言う。


大精霊は伝説上の存在だった。第5霊災の一因となった白魔法を恐れた大精霊が黒衣の森を侵食させてアムダプールを覆い尽くした結果、アムダプールは壊滅した。そんな昔話には出てくるが、実在していると思っていない人が多い。小さい子どもが「エオルゼア十二神はいるよ」って言うようなものだ。


「いるよ。ここに」

ウィンディがさらっと言った。

「ぼくが大精霊だよ」


それから、みんなが落ち着きを取り戻すのに、しばらく時間がかかった。


「最初の質問に戻るね。なぜウィンディがここにいるの?」

リリィが黒猫に顔を近づけて質問した。

「リリィちゃんが近くにいるのに、ぼくが来ないわけないよね?」

黒猫が答えた。リリィは笑顔のまま、黒猫をじっと見つめた。黒猫の汗がすごい。


少し経って、ウィンディは降参した。

「実は森に複数体の〝影〟が発生していてね。そのうちの一体が、ここに向かってたんだよ」


ウィンディは、一行が蛇殻林に入ってから、ずっと見守っていたらしい。〝影〟は、リリィを恐れているらしく、リリィが寝るのを待って、近付こうとしたようだ。

「その〝影〟はどうなったの?」

「リリィちゃんに手を出そうとしたんだよ。ぼくが生かしておくわけないよね」

「……そのリリィちゃんっていうの、そろそろ止めませんか。もう、わたし、子供じゃないから」

「じゃあ、姫?」

「リリィちゃんでいいです!」

リリィは急いで言った。

「リリィ慌ててる。珍しい」

「シア、そこは気にしなくていいから」

リリィの被せ気味の言葉に、シアは「わかった」と答えた。


「リリィちゃん、ここに来るのは久しぶりだね。前に来たのは100年前かな?」

ウィンディがリリィに言った。

「こいつらの久しぶりってスケールでけえな」

ヴァレインがぼそっとつぶやいた。

「そうね。できるだけここには近付かない方がいいと思って。でも結界が無事なのは、ちゃんと確認してるよ」

「リリィちゃん、冷たいよね。ぼくなんか、リリィちゃんが、この前、力任せに白魔法使ったのだって知ってるのに」

ウィンディがさらっと言い、リリィは、うっと言葉に詰まった。

「あ、あれは、とっさだったから。ちゃんと力は抑えました。ちょっと勢い余っただけで……」

「おまえ、あれ、手加減してたのかよ!」

ヴァレインが声を大きくする。

「手加減はしました。だって、1,300年前の魔大戦がどんな結末になったか知ってるでしょ」


魔大戦では黒魔法と白魔法の双方が無制限にぶつかり合った結果、エーテルバランスが壊れ、大洪水が発生した。鎮静と癒やしの力をもつ白魔法といえども、強すぎる力は再び世界を滅ぼしかねない。


「わたしは、元々、エーテルを操る力が、生まれつき普通の人より大きかったんだけど、大精霊の巫女となったことで、その力が増幅されちゃったんです。だから、白魔法を使うときは時間をかけてエーテルを制御しないといけないのです……って何でドン引きしてるのよ!」

「そりゃするだろ」

ヴァレインが答え、みんながうなずいた。

「ここに来るまでに猛獣どころか、魔物さえ寄り付かなかった理由がわかりました。あなたを恐れていたのですね」

エルレーンが冷静に言い、リリィは言い返せずに口を開いたり閉じたりした。

「リリィ、すごい!」

シアの言葉にヴァレインがうんうんとうなずいた。

「さすがは森の魔女だぜ。半端ねえな。怒らせなくてよかったぜ」


「いや、わたしが怒っていい場面っていっぱいあったよね?」とリリィは思った。


「リリィちゃんは、もっと自由に生きていいんだよ」

ウィンディが言った。リリィはウィンディに向き合った。

「リリィちゃんにとって、大事なことは何?」

「この森を……結界を守ることよ」


「ちがうよ」


ウィンディは、静かに、しかし、力強く否定した。リリィは息を呑んだ。

「リリィちゃんにとって大事なことは、幸せになることだよ。リリィちゃんのお父さんもお母さんも、そう望んでいたよ」

「っ!だって!……だって、わたしは、あの日、みんなを守れなかった。だから、みんなが命を投げ打って作った結界をわたしが維持しないと!」

「リリィちゃん、大丈夫だよ、結界は安定してる。そのためにぼくがいるんだ。あいつが、どれだけ暴れたって結界を壊すことはできないよ。それは、あいつが一番よく知ってる」


「あ、あれ?」


わたしの見開いた目から、水があふれ出し、水滴となって乾いた地面に落ちた。

悲しくないのに止まらない。不思議な涙だった。




長い、長い日々だった。

わたしは暗い森の墓守だった。

幼子のわたしは、みんなに生かされた。

最後の希望、世界を破滅から守る者として。


アムダプール最後の白魔道士達の努力は報われた。アムダプール城を陥とした悪魔は永遠の檻に閉じ込められた。幼子の魂をにえとし、森の精霊と結びつけることによって。


「ごめん。ごめんねリリィ。あなたは、あなただけは……」

涙を流す母さまの声。

「これしか方法がなかったんだ。許してくれ。リリィ。どうか未来で幸せに……」

父さまの悲しい顔が忘れられなかった。


母さまと父さまがリリィに望んだこと。


それは永遠に墓を守ることではない。リリィが生きること、リリィが幸せになることだった。




森は深い眠りの中にある。


夜明けは近い。

リリィが「森の魔女」であることは1話目から出てきます。


原始の時代、ムラには呪術を行う者が必ずいて、重要な役割を担っていました。今でも原始的な生活を営む人々の中では、呪術師シャーマンは欠かせない存在です。呪術師は、人を呪ったり不幸をもたらしたりするのではなく、むしろ、病を癒やしたり、不幸が訪れるのを防いだりしました。FF14の世界では魔女というと黒魔道士を連想する方が多いと思いますが、本来の役割からいえば白魔道士の方が近いかもしれません。


現代の魔女のイメージが定着したのは、15世紀から17世紀までヨーロッパで続いた魔女狩りの影響が大きいと思います。当時のヨーロッパではペストが大流行し、三千万人の命が失われ、中世封建社会を崩壊へと至らせました。災難や災害は悪魔と契約して害を成す魔女の仕業とされました。


魔大戦後の大災害を得て迫害されるに至った黒魔道士、白魔道士の話と重なるところもあるように思います。


わたしの大好きなスタジオジブリの映画「魔女の宅急便」では、魔女のキキには黒猫のジジという可愛らしいパートナーがいます。現代では、黒猫はハロウィンでもおなじみの人気のモチーフの一つとなっています。


では、なぜ、黒猫は不吉とされ、魔女の眷属と信じられるようになったのでしょう。


起源はサバトと呼ばれる魔女集会にあります。女神ディアナ(英語名:ダイアナ)を信仰する女性が夜中に集会を開き、そこで黒猫に変身するのです。ディアナ信仰は実在しましたが、実際に黒猫に変身したかどうかは怪しい話で、キリスト教によって異端とされ、迷信が広まったと考えられています。


「リリィが魔女で大精霊と契約している」というモチーフができたのは、やっと7話目ぐらいのときです。この物語は、よく言えば即興で、悪く言えば行き当たりばったりなので、「精霊の娘」というモチーフが出てきて、どうつじつまを合わせるかを楽しみながらつくっています。


悩んだのは大精霊の姿です。「精霊の娘」というモチーフから思い浮かぶのは『Re:ゼロから始める異世界生活』のエミリアとパックです。小動物のイメージでしたが、何にしようか?困ったときは、日常からイメージを拾ってきます。我が家の黒猫は女の子ですが、外見だけもらって中身は男の子をはめ込みました。物語というのは、完全新規ということはなく、日常の体験や、既存の創作物、現実世界の情報が溶け合って生まれてきます。


物語も10話目ということで折り返し地点……になるといいなと思っています。

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