第2話:サイコロの目と死地への配置
「東門……だと? あそこは敵本隊が来る見込みなんて薄い。南門か西門が妥当だろ……!」
名ばかりの下士官たちが口々に反論する。だが誰も、戦況を判断できる材料もなければ、何より命令を出す資格も持っていなかった。現在この砦で唯一“指揮官の紋章”を持っているのは、ジードただ一人だった。
「文句ある奴は逃げてくれて構わねぇ。俺もそうするか迷ったんだが……どうせ逃げ切れる保証もないなら、最後に一発、運試しってやつをしてぇんだよ」
ジードの言葉に、砦中の兵士たちは沈黙した。
「いいか、俺の勘だが……」
「“勘”で言うなよ……」と副官候補の若者が呟くが、ジードは軽く笑って流す。
「偉い奴らは“情報”で戦うが、俺ら平民は“勘”で生きてんだ。信じるかどうかは、お前ら次第だ」
……そして、たった150名の兵士がジードのもとに残った。逃げた者、怯えた者も多かったが、最後まで砦を守ろうという意志を持った者も確かにいた。
ジードは残された者たちを三手に分けた。
第一陣は門前に立たせ、突撃を受け止める肉壁。
第二陣は門の内側に潜ませ、敵が入った瞬間に奇襲を仕掛ける伏兵。
そして第三陣は、東門裏手の岩場に回り込み、退路を断つ。
「火薬と石弓を持てるだけ持ってこい。あと、敵が入ったら門を封鎖する準備もしとけ」
「本気でやるのか……?」と誰かが問うた。
「当たり前だ。勝たなきゃ死ぬし、勝っても死ぬかもしれねぇが……それでも、意味のある死に方ってやつだ」
夜は深まり、砦の火はますます勢いを増していた。
だがその片隅に、奇妙な緊張と静けさを孕んだ一点があった。
そこには、たった一人の無名の平民と、わずかな兵士たちが。
──命運を懸けたサイコロの目の通りに、死地へと布陣しようとしていた。