第十二話
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その日、彼はスケジュールに余裕があったらしく、いつになく饒舌で長話をした。自分のしたい話をしたいだけすると、僕の話に耳を傾ける余裕があったくらいだ。
『そろそろ念力操作についてのアドバイスをしたいんだけど、どうかな?』
『またその話か。いらんいらん。それにオレがやらされとんのは霊力操作の修行や。あんたが考える観念的なパワーやない。チャクラとかフォースみたいな、物理的に作用する力のことなんや』
『念力も物理的に作用するものなんだけど』
『しつこいやっちゃな。いらんゆうてんねん』
『君も頑なだな。少しくらい耳を貸してくれたっていいのに』
僕はため息をつく。彼との雑談は楽しいが、そればかりではどうにもならない。彼の窮状はなにも変わらない。
毎晩話をするようになって、少しは打ち解けてきたと思ったが、信頼までは勝ち取れていないらしい。僕はそんなに胡散臭いだろうか?たしかにここでは実際に僕が技師であったということを証明することはできない。彼ともう一度対面することができたら、実際に念動力を披露することもできるのだが、僕が彼のもとへ行くことはもちろん、彼が僕のもとにくることもできない。かといって言葉だけで彼を説得することは難しそうだし、さて、どうしたものか。
またこの思念子機のようなアイテムを作って送り付ければいいだろうか?今度はもっと手の込んだ、それこそ技師でなければ作れないような代物を。
いずれにせよ今日のところも助力の申し出は却下された。食い下がっても無駄だということは連日のやり取りで十分に学んでいる。ここは潔く引かなければならない。
『ところで、チャクラ?フォース?とはなんだい?それもこの世界における、観念動力の呼称の一種なのか?』
『NARUTO知らんのか、おっさん』
世代やろ、と彼は言うが、なんのことか僕にはさっぱりわからない。
『なると?あの、渦巻き型のかまぼこのことかい?』
『STAR WARSは知っとるやろ。見たことはなくても、名前くらいはさすがに』
知っている、と僕は答える。
『惑星開拓の最大手企業だ。何度か一緒に仕事をしたこともある』
『企業?』
コンテンツのことや、と彼は言う。
『オレが言ってるのはエンタメの話や。スターウォーズシリーズ。ダースベーダーとかライトセーバーとか出てくるやつや。ゲームか映画か漫画か、なんかひとつくらい見たことあるやろ』
そういえば、あの利益率の低い、投資的な開拓プロジェクトに星の大戦なんて物騒な名前がついているのは、有名なスペースオペラ、宇宙フィクションの記念碑的古典作品群が由来であると、どこかで耳にしたことがある。
『見たことはないね。なにしろずいぶん古い作品だし』
『まあオレも本編は見たことないけど、高校のときあれのゲームにめちゃくちゃはまってな。やりこんだわ』
『それとチャクラとやらにどんな関係が?』
『チャクラはNARUTOや。STAR WARSはフォースな。どっちも作品内に出てくる力のことで、ここでいう霊力と同じように、ものを操ったり強化できたりするんや』
彼は言ってから、心底呆れたように息を吐いた。
『おっさんほんまになんも知らんのやな』
『若者にはついていけないよ』
『いやNARUTOもSTAR WARSも往年の名作やで。もしかしてあんた、小さいころからアニメにもゲームにも興味なかったタイプか?』
『そんなことはない。小さい頃はむしろ、アニメが好きでよく見ていたよ』
特に古典的なアニメーションが好きだった。大昔の、まだ手作業で絵を描いていたような時代のものを好んでいた。しかし僕の選ぶアニメは僕には不適当なものだった。年代の問題ではなく、内容の問題で。
僕はある日、アニメを鑑賞していると、母親の視線がひどく厳しいことに気が付いた。昨日観たアニメの内容を話すと、クラスメイトが怪訝な表情を浮かべることにも。だから僕はアニメをやめた。僕はそのころから、自分が異常を抱えた人間であることを自覚するようになった。
『なに観てたん?』
彼は興味津々に訊ねてきた。
『それは――――』
僕は言葉に詰まる。正直に答えればまた疑われるかもしれない。嫌悪と嘲笑を受けるかもしれない。と、ついそう考えてしまう。
しかし冷静になってみれば、いまの僕であれば、違和感を抱かれることはないはずだ。胸を張って当時好きだったアニメを答えても、彼が僕のかつてあった異常に気付くことはありえないだろう。
『――――SFが好きだったな』
僕はいくつか作品を挙げた。どれも当時多くの少年たちが夢中になって観ていた人気作だったが、彼はひとつも知らなかった。
僕は安心して、古い作品もいくつかあげてみた。不思議なほどに、彼はそちらの方がよく知っているようだった。
『サイボーグ009、バビル二世、銀河鉄道999。未来少年コナンは、三回くらい見返したよ』
『めちゃくちゃ通やな、おっさん。ほんまに子供のころに見てたんか?じいさんとかの影響か?どれも昭和の名作やんけ』
『リバイバルの周期だったんだよ、ちょうど。よく特集が組まれて配信されていたんだ。君こそよく知っているね?いまもリバイバルの周期がきているのかい?』
『いやオレは2.5の俳優やから。有名な作品はだいたいかじってんねん。でも趣味合うな、おっさん。オレも未来少年コナンだけは、おもろくてやめられんで最後まで観てしもうたからな』
彼はいつになく嬉しそうに笑った。
僕もたまらず手を叩いた。
『そうか。ようやく君との共通点を見つけられた気がして嬉しいよ』
『他にはないんか?』
『じゃりン子チエも好きだったな』
『じゃりん子?それは知らんわ』
『ぜんぜん?』
『ちっとも』
『それは意外だな』
彼も知っているだろうと思って、この作品をあげたのだが。
『大阪の下町を舞台にしたコメディだよ。人情劇ともいえるかな?ホルモン焼き屋を営む親子の話なんだが、父親のテツは賭け事ばかりでろくに働かないどうしようもないやつなんだ。男気はあるし、喧嘩も強いし、悪い奴じゃないんだけどね。父親としては、まあ最低な男だ。チエはまだ小学生ながら、そんなダメ親父に代わって店を切り盛りしたり家計をやりくりしたりする。勝ち気だが優しい子でね、過酷な生活だが決して父親を見捨てはしない。ときには彼を家から閉め出したりもするけどね、大体は悪態をついたり尻を叩いたりしながら、元気にたくましく暮らしている。学校の友達や、近所の人たちや、飼ってる猫なんかと仲良くやりながらね』
『なんやとんでもない設定の話やな』
『二十世紀のアニメだからね。――――でも残念だ。僕は君とはじめて会ったとき、このアニメのことが頭に浮かんだから』
『似てるキャラでもおったか?』
『特定の人物というより、世界観がね』
『世界観?』
『関西弁だよ』
じゃりン子チエは昭和の大阪が舞台だ。当時の大阪が実際そうであったように、登場人物のほとんど全員が訛りをもっている。
僕が前世で関西弁を耳にしたのはアニメの中でだけで、だから彼とアニメのイメージはとても強く結びついている。
『君がアニメのキャラクターに似ているんじゃなくて、君自身がアニメのキャラクターみたいなんだ。それだけ僕にとって、関西弁は珍しいものなんだよ』
『関西弁ってだけでアニメのキャラ?なんやそれ、あんたほんま、どんだけ狭い世界で生きてきたんや』
彼は呆れていたが、どこか面白がっているようでもあった。
『とんだ箱入りやな。東京で生まれ育ったやつでも、お笑いとか配信でいくらでも関西弁は聞けるやろ』
『確かに僕は世間知らずかもしれないが、しかしこれに関しては、ジェネレーションギャップもあると思うよ』
まださまざまなコンテンツのエンタメに触れていた子供の時分でさえ、僕は関西弁なんてほとんど耳にしたことはなかった。それこそアニメのような、過去に作られた映像の中でしか耳にする機会はない。僕ら世代の人間にとって、関西弁は失われた言語であり、とても非日常的なものなのだ。
しかし彼はそんな僕の感覚がまるで理解できないようだった。
『そんなどでかいギャップもってんのはたぶんあんただけやで』
彼はまるで子供に言い聞かせるような調子でいった。
『それに世代差でいったら、なんぼ東京出身ゆうても、あんたの方がよっぽど関西弁に触れて育ったはずやけどな。いまは難波でも梅田でも、外で関西弁使うやつおらんからな。店とか学校で関西弁使うたらダサいってハブられるし、芸人ですら若手はみんな東京弁や。オレやって、いまはなんも気にする必要ないからこれやけど、東京出てからはずっと東京弁で通してたし。でもあんたはうちのオヤジとかと同世代やろ?やったら、いまよりそこら中で関西弁聞こえてたはずやで』
オヤジよく愚痴っとったからな、と彼は言う。
『なんでわざわざ東京弁使わなあかんねん、って。これがオレの国の言葉なんやから、オレはどこいってもこれで通すで、って。ほんまに東京行こうがどこ行こうがどでかい関西弁通すから辟易すんで、まったく』
『お父さんはいくつだったんだい?』
『五十や。あんたもそんくらいやろ?』
『享年は四五歳だよ。君はたしか二五歳だったね』
『そうや。まあ親子くらい齢離れとったらジェネギャのひとつやふたつあるけど、でもそれにしたって、関西弁が通じないほどではないやろ。事実うちの親父はちっともそんなことなかったわけやからな』
反論はできないが、納得もできない。
関西には方言話者がそんなに残っていたのか?方言についてはその衰退の様子をきちんと国語の授業で習った記憶がある。教科書の上ではたしかに、今は亡きものとして扱われていたはずだが。
『ジェネレーションギャップは年上の方が強く感じるものだからね。君だって、年下の子に対してギャップを感じたことは少なからずあるだろう?』
『それは――――めちゃくちゃあるな』
身に覚えがあったらしい。さんざん僕を小馬鹿にしていた彼だったが、返ってきたのは力強い同意だった。
『芸能やっとると小中学生なんかともよく絡むからな。ほんっまに生意気やで!最近のガキは!まずそもそも敬語を使われへんし、挨拶もせん!自分ら同士でしないのは勝手やけど、先輩にはしろっちゅうの!休憩中に立ち回りの調整しとこ思って声掛けたら、休憩おわってからにしてくださいゆうてそっぽ向くねん!ああ、思い出したら腹立ってきた。オレらもドリームハイ世代なんて言われてさんざんこき下ろされてきたけど、いまのオールビジネス世代に比べたら千倍マシやろ』
『なんだい、そのドリームハイとかオールビジネスというのは?』
『あんたの無知にはもう驚きも呆れもせんけど、よくそんなんで社会人務まっとったな?ニュースくらい見てなかったんか?』
彼は皮肉を挟んでから答えた。
『ドリームハイはオレら2050年世代のことで、オールビジネスはその下、いまの十代やから、2060から2070年生まれやつを指した俗称や。オレらはとにかく夢を追えって教育されまくったからドリームハイで、下のやつらは揺り戻しでとにかく生活のすべてをビジネス化しろって言われとるからオールビジネスや』
わかったか、と彼は言う。
わからない、と僕は言う。
『これ以上なく簡潔でわかりやすい説明やったろ。なにがわからんのや?いっとくけどこのクソみたいな俗称の由来については知らんで。どっかのお偉い社会学者が勝手にそう呼んだのが定着しただけやからな、たぶん』
『2050年』
『うん?』
『聞き間違いじゃなければ、君は2050年世代といったか?』
『せやで。オレは2053年の生まれや』
『西暦?』
『他になにがあんねん』
『なにか特別な言い回しでそう言っているわけではなく、君は本当に、西暦2053年の生まれなのかい?』
『だからそうやって言ってるやろ』
――――そういうことか!
『――――そういうことか!』
『うわっ!?なんや急に大声だして!?』
『ああっ、すまない!つい思念を乱してしまった』
僕は興奮を抑え、大きく深呼吸をする。驚愕のあまり彼に言語化していない思考を送りかけてしまった。落ち着かなければ。
『なんかあったんか?』
心配そうに彼が訊ねてくる。僕は咳払いして(もちろんその音は彼に届いてはいない)、いくらか落ち着けた思念で語り掛ける。
『僕らの会話がどうしてこうもすれ違うのか、その謎がようやく解けたんだよ』
『なんや、急に』
『すべては世代間の隔たりだったんだ!僕らの間にあったのは、やはりジェネレーションギャップだったんだよ!」
『まあ親と子くらい齢離れてるからな。いろいろ噛み合わん価値観もあるやろ』
『親子どころじゃない、祖先と子孫だよ!」
『は?』
『僕は西暦2200年生まれ。君より百五十歳年下だったんだよ!』




