褒めまくるファン達
元々は、彼女はそれほど演技力に自信があるという訳ではなかった。“中の下くらいだろう、きっと。分からないけれど”。しかし、彼女のファン達は違った。彼女は自称フェミニストで、男性優位社会に対して闘う姿勢を見せていたのだが、彼女のファン達の多くは、どうもその思想に賛同しているようだった。だから、
『天才的な演技!』
『男性優位思想に抗う姿も勇ましくて尊敬ができる』
『彼女の演技には、思想に裏打ちされた確かな力がある』
そのように、彼女の思想とセットでその演技を褒めたのだ。いや、或いは、演技力など本当は彼女のファン達は分かっていなかったのかもしれない。
とにかく、それで彼女は強い自信を持ってしまったのだった。発言や態度はより過激で強気になり、世間から叩かれることもしばしば。しかし、そのような批判は自分の“正しい思想”に敵対する邪な一部の勢力に過ぎないと彼女は考えていた。そして、そのような勢力には、自分の“素晴らしい演技”で抗えると本気で彼女は思っていた。
……だって! 自分にはこんなにも多くの味方がいるのだもの!
広大なネット社会には、特殊なタイプの人々を一か所に集めてしまうという困った特性がある。
本当は少数派なのに、それにより、まるで多数派のように見えてしまう。
エコーチェンバー。
デイリー・ミー現象。
ほんの一握りの人達が、まるで世界の大部分を占めるかのように感じさせられてしまう。
彼女は呆然となっていた。
彼女主演の数億ドル規模の製作費をかけた映画がまるでヒットしなかったのだ。目標売上の半分にも達していない。
映画の撮影中もプロモーション期間も、彼女は世間の大部分を敵に回すような発言を繰り返していた。そして、その映画の不審は、それが大きな原因となっていると言われてしまっているのだ。
或いは、その所為で、これで彼女の女優業は終わりを迎えるかもしれない。実質的な引退作。
それは彼女にとって有り得ないはずの事態だった。
一体……
一体、あれだけいたあたしを応援してくれているファン達は何処に行ってしまったのだろう?
映画を観てはくれなかったのだろうか?
彼女はまるで何かを確かめるようにSNS上に書き込みをした。“もう、自分は映画に出ることはできなくなるかもしれない”。そういった弱気な書き込みを。
すると、途端に反応があった。
『元気を出して、あなたは天才よ』
『あなたの演技は最高だった。悪いの脚本や企画だ』
『少し時間が経てば、必ず再びチャンスが来るはずさ』
彼女はその反応に安心をした。
しかし、それからもどんどんと増える彼女を応援する書き込みを見ている内、徐々に恐怖を覚え始めた。
『あなたが信念を持って演技に取り組んでいれば、世間は必ずそれに応えてくれるはずさ』
『あなたの思想は正しい。自信を持って』
『いつでもわたし達は、あなたを応援している』
その言葉に従って、自分は大失敗をしてしまったのじゃないか。それに、この人達は本当に映画業界を知っているのか? どんな根拠があってこんな事を言っているのだろう?
――こいつらは、
――こいつらは、一体、何なのだ?