6話 春休み①
白坂さんと連絡先を交換していただき、あれから数度公園なんかで遊び相手を務めさせていただいた。そして今日は公園以外での初めての待ち合わせての日。もちろん待ち合わせといってもデートに行こうなんてものではない。あくまでも彼女は幼い妹さんの付き添いなのだから。
「お兄ちゃーん!!……えへへ、まったー?」
足もとにバーンという軽い衝撃とともにずいぶんとまた可愛らしい少女がやってきた。そのあとを少し遅れて白坂さんはやってくる。彼女が遅れるというより、少女の方が走ってきたのだろうが。
「ううん、全然俺もいま来たところだよ。白坂さんもおはよう」
冗談めかしてテンプレみたいな返事をすれば、ひなちゃんはお気に召したのか嬉しそうに頭をこすりつけてくる。最初から不思議と懐いてくれていたが、会う回数が増えるたびにこうしてスキンシップが増えていく気がする。
「毎回ごめんねー、ひなってば張り切っちゃってて」
「全然です、むしろこんなに喜んでくれるなら嬉しいですから」
「ありがと、そう言ってくれると私も嬉しい。でも今日は私たちの買い物に付き合ってもらう感じになっちゃったけど、ほんとに大丈夫?……公園でひなの遊び相手になってもらっちゃってるし、今さらかもだけど……」
「それも平気です、楽しいし、俺も同じとこに用がありましたから。それにしてもひなちゃん今年から小学生になるんですね、いろいろ準備も大変でしょ?」
「だねー、心配性すぎかもだけど学校で楽しくやれるか不安で。初めての環境ってやっぱりいろいろと疲れるし、だからなるべく普段は楽しく過ごさせてあげたいというか。まぁだから天沢くんには甘えちゃってるんだけど……!」
「俺も妹いるんで……といっても3つ違いですけど、だから気持ちは分かります。俺もひなちゃんと一緒にいるの楽しいですから、俺にできることならなんでも言ってくださいね!あ、もちろん白坂さんとこうやって話してるのも楽しいですよ?」
「そ、そう?いいの……?私そういうの本気にしちゃうタイプなんだけど……!……これからばんばん誘っちゃうよ?」
茶化したような言い方と幼さすら感じる笑顔は、たしかに魅了されてしまう男がほとんどだろう。
「ええ、ドンと来いってやつですね」
「お兄ちゃん、ひな手つなぎたい!だめ?」
今日の目的地である近所のショッピングモールに入ったところで、ひなちゃんは俺を見上げるようにして言った。
「ううん、いいよ。はぐれたら大変だしね、むしろひなちゃんがいいなら俺の方からお願いしようと思ってたとこだったんだ」
「じゃあ手つないであげるね!はぐれちゃだめだよ!」
ひなちゃんは繋いだ俺の手をにぎにぎと何度か握りしめる。まるで花でも飛んでいそうだなというほどご機嫌なようすに、見てるこっちまで頬がゆるむ。
「へーいまって児童用の本とかってこんな感じなんですね。久々に来ると絵本とか可愛いやついっぱいで面白いっすねー」
俺たちがまず最初に来たのは本屋。ひなちゃんの読む本や入学に備えていろいろと買いに来たというわけだ。
普段は小説や漫画のコーナー、あとはたまに参考書を買いに来ることがほとんどであるため、児童書のコーナーに来たのは思い出せないほど昔のことだ。
色とりどりの可愛らしい絵本や子どもに分かりやすいようにイラスト多めの歴史の本や図鑑がずらりと並ぶ。高校生になった俺でも思わず興味をひかれるそれらは、子どもであれば魅力的に見えて仕方ないだろう。いまも俺の前で子どもたちが楽しそうに本を見て回っている。
「こういうの見るの平気?子ども向けだと退屈させちゃうかなって思ったけど」
「懐かしくて楽しいですよ。昔、妹と買いに来たりしたなーって。あいつは最近すっかり反抗期ですけどね……。ひなちゃんはどれがお気に入りかな?」
これ!と楽しそうに見せてくれて、いかに面白いのかを熱弁してくれる。カラフルで綺麗な絵柄のそれは、いやに現代的というか、もはやひと目では絵本とは分からないくらいクオリティの高いものだ。
絵本にも流行やトレンドがあるらしく、俺や紬の頃とは違う商品がいくつも並んでいる。俺たちの頃はもっと古めかしい絵柄というか、レトロチックなものが多かったな、などと思う。
「あ、これまだ売ってんだ。懐かしいなー!」
手に取ったのは猫が冒険する絵本。いま思えばあまり有名な作品ではなかったが、俺はこれが大好きだった。さすがに俺も妹もこの歳になれば読みはしないが、やはり懐かしいものは心を温かくしてくれる。
「どれー?ひなも見たい!」
「これだよー、俺がねえ……ひなちゃんくらい歳かな。その時に好きだったんだよねえ。でも……いまのと比べるとちょっと絵柄も古くなっちゃったかもなあ……でもね、ほんとにいい作品なんだよ?」
「へー!お姉ちゃん!ひなこれ欲しい!」
ひなちゃんは俺のすすめた絵本を抱きしめて白坂さんのもとへ小走りで向かう。どうやら交渉する気らしい。
「んーでもねえ……今日はひなの勉強道具とかを買いに来たわけだから……。それにちょっと前に新しい本買ったばっかりだからなぁ……」
「でも……これ欲しい……。お姉ちゃん、だめ……?」
姉妹の可愛いおねだりを見るのは癒されるが、そもそも余計なことを言って欲しがらせてしまったのは俺だ。小さい子が欲しがると、それを諦めさせるのはなかなかに困難なことなのは、俺も経験上分かる。
「白坂さん、あんまりよそ様の子どもに買ったりするの良くないってのは分かってるんですけど……俺にプレゼントさせてくれませんか?俺がおすすめしたやつですし」
「で、でも……ただでさえ付き合ってもらってるのに……そのうえ買わせちゃうのは申し訳ないよ。それだったらひなには私が買うわ」
「いえ、俺がプレゼントしたいと思ったんです。昔好きだったものを好きになってもらえるって結構嬉しいんですよ。こうやって古いと言ったらあれですけど、昔の作品を読んで好きになってもらえたら素敵だなって思いません?」
俺は小さい頃から父親が読んでいた本や聞いていた音楽を、父に憧れ真似をするために読んだり聞いたりしていた。最初は憧れや真似だったものが、だんだんと自分の中で大切なものになっていって、今では趣味となっている。そうやって俺の好きなものをひなちゃんにも好きになって欲しいと思ったんだ。
「だから、もし嫌じゃなかったらどうですか?……まぁ読んでみたらつまんなくて飽きられちゃうかもですけど。」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。ひなにとっては家族以外からの初めてのプレゼントだね。よかったねーひな!」
そう言って彼女はひなちゃんを撫でるが、肝心の少女はぽかんとした顔をしている。そして今度はささっと白坂さんの背中に隠れてしまう。もしかしてあんまり嬉しくないのかな、と一瞬焦ったがどうやら違うらしい。
「ごめんねー、照れちゃったみたい。多分天沢くんが買ってくれるなんて思わなかったんだね、家族以外に甘えた経験って多分そんなになくって」
そう言っていっそう愛おしそうにひなちゃんの頭を撫でる。ほんとうに仲の良い可愛い姉妹だ。
「ぷれぜんと?ひなに?お兄ちゃんが?」
「そ!よかったね!ひな、お礼言おっか」
姉に促されて、もじもじと恥ずかしそうにありがとと伝えてくれる。初めて見るそんな姿があまりに可愛いものだから、ついつい笑ってしまえばもっと恥ずかしそうにして姉の後ろに隠れてしまった。それを見て俺と白坂さんは顔を見合せて笑った。ひなちゃんも少し怒ったような顔をして見せたが、それでも嬉しそうだった。
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