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3話 再会だって唐突に

ティッシュとトイレットペーパーの特売狙いで少し遠いスーパーに買い物に来てから数日、俺は再びこのスーパーに足を運んでいた。ようやく終業式を迎え、春休みというしばしの休息に入ったこともあり心にゆとりを感じる。




当然今日も特売狙いである。今日の狙いはコーヒー豆と醤油だ。何を隠そう俺はこの醤油とコーヒーには特にこだわっている。


特に今日の特売におけるコーヒーは最重要だ。これはめったに安くなることのない、うちの家族が常飲するコーヒー豆が今日は特別に安いのだ。




しかし今日もまたお一人様一点限りである……!妹の紬にも声をかけたがあいつはコーヒーを飲まないから当然無視された。



「別に肉なんかは家の一番近いとこと値段も変わらんし、あんまり買ってもシンプルに重くてしんどいからな。ここは余計なものは買わずにターゲットだけを確実に仕留めよう」



とは言いつつもスーパーに来たら1回は全部回ってチェックしてしまう。これは日常的にスーパーに行く人なら全員そうだろう。この行動経済学に紐づけられた見事な店内配置によって、巧妙に仕組まれた罠なのだ。




ついつい余計なエリアまで見てしまい誘惑に負けそうになる。スーパーは店によっても当然品ぞろえが違うわけで。必要なものだけを買うのはなかなかに難しいものだ。



「高いけどやっぱりこれくらいの豆買ってもいいと思うんだよなぁ……、母さんたちも飲むんだし。けど紬にバレたらまた面倒だなあ……。あいつ最近俺に厳しいし」



そんなふうに俺が商品を物色していると後ろの方から聞き覚えのある声がする。それもだんだんと近づいてくる。



「あー!お兄ちゃんだー!いつでもあえるっていったのにー!」



にぎやかな声と可愛らしい笑顔の持ち主は、先週の迷子少女のひなたちゃんである。そしてそのまま俺の足にしがみついてきた。



「あれ、ひなたちゃん。もしかしてまた迷子かな?今日もお姉さんと来たの?」




頬を膨らませて不満げだ。頭を撫でてもごまかされないんだからご立腹らしい。



「ちがうもん!お姉ちゃんはいっしょだから!」


「あーそれはごめんね、ついつい心配になっちゃって。……でも、お姉ちゃん慌ててるけど、何も言わずに飛び出してきたの?」


俺がそう聞くとさっと目をそらした。そしてお姉さんこと、白坂さんは学校では見たことのないような焦った顔をしていた。



「ひな……!急に走り出さないでよ……。あ、えっと、もしかして前にひなの面倒見てくれた方ですよね?あのときは急に帰ってすみませんでした。その……急ぎの用事がありまして……!」


そう言いつつも視線が右往左往している。この1週間、学校で見た彼女とは似ても似つかないような表情に思わず笑ってしまう。



今日は学校も年度が終わり、加えて土曜ということもあって、私服姿の彼女は、普段の彼女とは表情すら異なり印象がまるきり違うようにさえ思えた。



ひなちゃんと目の前の彼女に出会ったあの日まで俺は、白坂さんのことは顔と名前くらいしか知らなかった。それまでは特段意識することもなかったが、一度気にしてしまえば学校にはそこら中に彼女の話題が溢れていた。現に終業式前後はラッシュとも言えるような告白のされ具合だったらしいし、一度か二度ほど俺も見かけている。



まぁいま目の前の彼女はひとりのお姉ちゃんって感じだけど。


「いやいや大丈夫ですよ。知らない男が妹と一緒だったら誰だって焦りますから。」


「帰ってからひながお兄ちゃんには次いつ会えるんだってうるさくて。それで話を聞いてみたらずいぶんとお世話になったみたいで……本当にありがとうございました」


きっちりとお礼も言ってくれたわけだし、学校と変わらず礼儀正しい。何よりひなたちゃんのお姉さんなんだからやっぱりいい人だった。


「行くよ、ひな。これ以上は邪魔になるから」


白坂さんはひなたちゃんの手を取って立ち去ろうとするけど、肝心のひなたちゃん全く俺の足から離れる素振りがない。というか結構ちゃんとしがみついてる。


「ひ、ひな!ダメだって!この人は別にひなのお兄ちゃんじゃないんだから!」


「いーやー!お兄ちゃんはいつでも会えるって言ってくれたもん!」


俺はとっさに首を大きく横に振る。相手は女児、それにあの白坂結衣の妹である。

これじゃなんか俺が誤解されそうじゃないか……!?


あまりにも離れようとしないひなたちゃんに根負けしたのかお姉さんも諦めたようだ。


「す、すみません……満足するまでこうしてても大丈夫ですか……?何度も何度もほんとに申し訳ないんですけど……!」


何度も謝ってくる姿に俺も思わず笑ってしまう。


「全然大丈夫ですよ!ここまで懐いてもらえると嬉しいですし、それに俺も妹がいるんですけど懐かしくなりますよ。もうこんなにくっついてくれなくなっちゃって」


もう引き剥がされないと分かったのかひなたちゃんも俺の足から離れて手を繋いできた。俺も特に拒否する理由もないのでそのまま握り返す。


「ひながこんなに誰かに懐くのも珍しいんですよ……普段は人見知りすることもあるので。その……お礼に何か出来ることは無いですか……?私に出来ることならなんでも言ってください。」


学校にいる白坂さんのファンが聞いたら大喜びするだろう言葉に、少しだけ面食らいつつも咳払いしつつ向き合う。


「えーっと……じゃあ恥ずかしいお願いなんですけど……」


「はい、なんでも言ってください」


向こうも多少緊張したような顔をつつも真剣に向き合ってくれる。


「特売品を買いたくて……!醤油とコーヒーなんですけど、一人一品までで……ひなたちゃん含めて三つ!買ってもいいですか……?」


どうしてこう、特売のものを買うのって恥ずかしいんだろうか。別にスーパー側が特売です!って宣伝してるんだから気にしなくていいはずなのに、謎に気恥ずかしい。値下げの惣菜なんかもそうだ。


「あ、はい。それくらいなら全然大丈夫っていうか……いやほんとに全然大丈夫ですよ」


俺は思わずほっとする。同い年くらいに思える女の子に特売買ってるよ……ダサ……とか思われたら俺立ち直れる気がしないからさ。


「ひないてよかった?お兄ちゃん嬉しい?」


ひなたちゃんが俺の方を見上げながらそんなことを聞いてくる。その仕草がかわいくてついつい笑みがこぼれてしまう。


「ひなたちゃんのおかげだよ、ありがとね。嬉しいよ、ほんとに」


嬉しそうに繋いだ手を大きく振っている。



「お兄ちゃんはね!ひなのことひなって呼んでいいよ!お兄ちゃんはとくべつだから!」



ニコニコと笑顔でそう教えてくれる。たしかに愛称は特別なものかもしれないなと思う。



「ありがとうね、ひなちゃん。嬉しいよ」


嬉しいんだけど白坂さんに引かれてないよな?嫌だよ、こいつ妹にデレデレしてキモイと思われてたらさ……。


そして俺はコーヒー豆と醤油をそれぞれ三点、カゴに入れてウキウキでレジを通る。ひなちゃんで一人分をいけるか内心心臓がバクバクしながらだったが無事に買うことが出来た。


「ほんっとにありがとうございます!これでしばらくコーヒーには困りません!」


スーパーを出て俺は白坂さんに頭を下げてお礼を伝える。こういうのはちゃんとやるのが大事だ。


「い、いえほんとにこちらこそありがとうございました。ひなもすっかりお世話になっちゃって……」


「お兄ちゃん、もう会えない?」


お別れの時間を察したのかまた足にしがみついてしまう。かわいいけど……白坂さんは困り顔だ。


「ひなちゃん、また今度ね。これでお別れってわけじゃないからさ。」


「いつ!次はいつ?あした?」


ぐずりそうな表情になってくる。白坂さんもおろおろしているし、なんだか別人みたいな彼女に少しだけ親近感が湧いてくる。


「あーえっと、おふたりはここよく来るんですか?」


「ええ、たまに。でも今日はひなが……お兄ちゃん探したいって騒いでて……」


「なんかすみません……。んー、すぐに次がいつとは言えないですけど、今日このあともう少しだけ遊ぶって言うのはどうですか?」


二人の間には沈黙が流れる。遅れてひなちゃんはバンザイのポーズをして喜んでくれる。白坂さんは少し難しそうな顔をした後に、こちらにちらっとだけ目を向けた。


「ごめんなさい、変なこと言ってますね。忘れてください」


「あ、いえ!全然、全然そういう意味じゃなくて……!むしろいいのかなって……。ひなが喜びますし、私としては嬉しいんですが、そこまで甘えてしまっていいものかと……」


身振り手振りで必死に誤解なんです!と伝えてくる姿が、ずいぶんと可愛く見えて思わず笑ってしまった。

笑われたことに気がついて彼女は顔を真っ赤に染めて、軽く睨むような顔をする。それがまた可愛く新鮮で。


「いいんですよ俺は全然。近所の公園とかでどうです?ひなちゃんと白坂さんのおすすめを聞けたらいいんですけど……」


「……え?えっと……し、知ってたの?私のこと……」



ああ……終わったな俺、そして俺の高校生活。学校のアイドルに知らないフリをして近づき、妹さんを利用して特売に並ばせた男なんだもの俺は。

春休みが終わった頃にはもう学校中に広まって、席もないんだきっと。ごめんな、大地……終わったよ俺の高校生活は。新学期すらまだ始まってもないのに……。

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