28話 顔合わせ
授業が全て終わり、残りは清掃をすればいよいよ放課後になる。
今日は天沢くんがメガネをすればどこまで平気かを確認する大事なイベントだ。視線がダメだった彼が、私の友達くらいまで平気なれば……ま、まあ色々できることの幅は広がるかなって。
ただ問題がひとつ……思ったよりメガネ姿が好みでした……!あんな感じで教室に解き放たれたりしたらさ、人気になっちゃわない!?
もちろん別に普段も非常に整った目鼻立ちをされているものですから、ある程度は様になると思ってましたよ。でもなんていうのかな……ギャップ的な?
「ゆーいっ!あんたさ、ニヤニヤしてんのバレてるからね?」
「し、してないよっ!……今日の夕飯考えてただけだもん」
「いやいや流石に無理があるでしょ。そんなに楽しみ?放課後の逢瀬が」
「お、逢瀬って……!伊織も千尋も来るんだから逢瀬とは言わないでしょ!」
「あらあら、楽しみなのは否定しないんだー。かっわいい!」
言葉じりを取ってにまにまとからかう伊織をひと睨みすれば、はいはいと引き下がる。私もぱんっと頬を叩いて、指摘されたゆるみを締め直す。天沢くんからすれば試練に近いかもしれないのに、私ばかり浮かれていてはダメだから。
そんな姿をニヤついた笑みで見ていた伊織をもう一度だけ睨んでおく。
「教室空いてて良かったね。それで?肝心の天沢くんは?」
帰りのホームルームが終わり、私たちは一度教室を離れてから誰も居なくなったのを見計らって再び教室に集まっている。
「教室空になるまではどこかで時間潰しておいてって言ったから、多分そろそろ来ると思うよ」
私たちがずっと教室に残ると、他の誰かも残るかもという伊織からのアドバイスにしたがって天沢くんとは別行動中。さっき連絡をしたからいま向かっているところかな。
噂をすればガラガラと教室のドアが開いて、
「ごめんなさい、お待たせしました」
天沢くんは少し息を切らして申し訳なさそうに入ってくる。
「ううんむしろごめんね、時間かかっちゃって」
「いえ全く」
若干緊張はあるのかいつもより表情も口調も堅い。口調に関しては……学校だから敬語モードなのかもだけど。
「えと、こっちが斎藤伊織」
「ども、呼び方はなんでもいいんだけど、良かったら伊織って呼んで」
「はい、よろしくです、伊織さん」
穏やかな笑顔で二人とも会釈し合う。その様子は私としては微笑ましいというか望ましい場面なんだけど……。
んー……?なんだかなあ……。
「……ええとね、それでこっちが香坂千尋。私たちはちーちゃんとか千尋とかって呼んでる」
「よろしくです!私も千尋って呼んでもらって!」
「よろしくね、千尋さん」
ちーちゃんはいつものように弾けんばかりの笑顔で握手を求める。天沢くんも一瞬びっくりした顔をしていたけど、優しく微笑んで握手に応じている。
いやこれは流石におかしくない?おかしいよね?
「ねえ天沢くん……私のことはなんて呼んでるっけ」
「ん?白坂さん……ですけど。急にどうしたんです?」
「そこの二人は今日初じゃん?私は?もう結構長い時間を共にしたと思うんだけどなあ……!」
「ちょっ、そんな言い方は語弊があるというか……!」
わたわたと焦ったような顔をしているが私としてもここは引き下がれない。思えばひなはひなちゃんだし、私だけ苗字呼びだ。
ちょっとひどくない……?
「いや別に他意があったわけじゃなくて……。ただ最初が白坂さんで入ったんで、直すのも変かなって」
「じゃあ呼んでみてよ」
「結衣さん……でいいかな?結衣さん的に気にならないなら俺はありがたいんだけど」
「いいよ、いいんだけど……!嬉しいんだけど……!」
なんかこう……全然平気そうじゃん!?私は結構照れるのになあ……。
伊織はずっと訝しげな顔をしていたが、途端になにか思いついたような顔をした後ニヤつきながら近寄ってくる。胸の辺りがザワザワと嫌な予感がする。こういう時の私の勘は当たるし、何よりこういう顔をする伊織にいい記憶は全くない。
「ねぇねぇ結衣ちゃん!自分は苗字呼びで拗ねたのにさあ、自分は天沢くん呼びなのはいいのかな?ねえー?遥くん!」
「え?俺としては好きに呼んでもらえればいいんですけど……。でもたしかにそうですね?」
ほらあ、と私の方にくるりと見るとニヤニヤと下卑た笑みを向けてくる。
「は、は、遥……くん!これでいいかなあ!?満足!?」
逆ギレに近い形で、自分で思ったより大きな声が出てしまう。それがよりいっそう恥ずかしくて、顔がすごく熱いのが自分でも分かってしまう。
肝心の遥くんは、はい!って少し幼さすら感じる笑顔を見せてくるものだから。鏡を見なくとも分かるほどに私の顔は真っ赤だ。
ようやく心臓も落ち着いた頃になって、改めて仕切り直す。
「さ!遥くんも髪上げて!はやくはやく!」
遥くんと呼ぶのが無性に恥ずかしいので、会話のテンポを早くしてごまかしたい。
「いやあ実はそれが……髪留めるようなやつ忘れちゃって。メガネはちゃんと持ってきたんですけど……」
言いにくそうに、少ししゅんとしたような、やたらと可愛い顔をしている。
「しょうがないなあ、私ヘアピン持ってるから貸してあげる!」
「あ、ほんと?マジで助かるよ」
ぱっと明るくなる表情。彼は最初に会った頃より表情が豊かになったと思う。
「ほら、もうじっとしてて。真ん中だけ後ろに流す感じでいいよね?」
「うぇ!?ああ……まあはい、それで……」
妙に遠慮がちというかおどおどと不審にさえ思える様子だ。どうしたんだろうかと思えば、珍しく耳のあたりまで赤く染まっている。
なにかあったかと思って、どうしたの?と聞いてみれば遥くんはすごく気まずそうに
「あの……言いにくいんですけど……。別に貸してもらえれば自分でやるというか、髪までやってもらうのは……ちょっと恥ずかしいっす……!」
言われて周囲を見てみれば、ニヤニヤと楽しそうに眺める伊織と、手で顔を覆って見ちゃいけないようなものを見たとでもいうようなリアクションの千尋が座っている。
一度自分を客観視してしまえばすぐさま顔にひどく熱を帯びることとなる。
「ご、ご、ごめんなさい!つい癖というか……ほら、ひなにね!ひなにやってあげてるから!」
遥くんに対しても、目の前に座る二人に対しても、全方位に向けて言い訳をするが、二人特に伊織は全く信じていない目をしている。
「いや俺はただ恥ずかしいだけだから。むしろやってもらっちゃってごめんね」
照れくさそうにはにかむ遥くんに、心臓をぎゆっと掴まれたような感覚さえ覚える。
これ以上二人で喋っているとおそらくまた伊織にからかわれるだろうから、ピンとメガネを渡して私も椅子に腰掛けた。
普段私の家に来る時みたいな髪型と、メガネ姿は少しだけ見慣れないけれど、まるきりいつもの彼がそこにいて。教室という空間でそんな彼を見るのは不思議な気分がした。
「正直なこと言っていい?」
くいくいと袖を引かれ隣を見れば、椅子を近づけて伊織が耳打ちしてくる。
「普通にばっちりタイプなんだけど?」
「だ、ダメだよ!……別に私が決めることではないけど……伊織にはまだ早いわ」
「……冗談なんだけど。からかっただけ、どんなリアクションするかなって。想像以上だったけどね」
どれだけ睨もうと全く効かないらしく、伊織は楽しそうに鼻歌すら歌って上機嫌だ。今日はずっとからかわれてばっかり……!
「あ、そうだ遥くん。どうかな?大丈夫そう?」
「うーん……思ったよりずっと平気かな。結衣さんの友達っていうのもあるけど、これだったら全然」
一瞬顔が強ばったから不安に駆られたが、どうやら杞憂に終わったらしく、すぐにふにゃりといつもの朗らかな顔に戻って安堵する。
本人も緊張があったみたいで、どっと肩の力が抜けたのが私の目から見ても伝わってきた。
「やっぱり思い込みって大事だなーって実感するよ。メガネひとつあるだけでなんか落ち着くもん」
「そっか、ならよかった。これでプール問題は解決かな?」
「あはは、そうだね。そのうち髪も切れたらいいなあ、ほんとはすごい暑くて」
昔は結構短髪だったんだよね、なんて苦笑いを混じえつつ教えてくれる。
もし、もし髪を切れるようになったら。きっとほんとは喜ぶべきなんだろうけど、すこーしだけ寂しいな。
伊織と千尋も混ざって4人で雑談しながら、私は来るかもしれない未来を思って、もう少しだけこのままでいたいと願う。
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