25話 驚異の適応力
やる前までハードルが高く感じて気が引けるようなことでも、一度経験して想像より楽なんだと知ってしまえば、途端にハードルなんて感じなくなる。こんな経験は誰しもにあるだろう。俺もいくつも経験してきた。そして今、またひとつ経験しているというわけだ。
「天沢くーん、コーヒーはアイスで良かったよね?今日はなかなかの出来だと思うんだけど、飲む?」
「あ、欲しいです!ごめんなさい任せっぱなしで。なんか手伝おうか?」
「ううん、ひなの相手してあげて。今日もすごい楽しみにしてたから」
今日は初めてご自宅を訪れてから3度目の来訪である。2度目はゴールデンウィークが終わってそうそう、最初の土日にお邪魔させてもらった。
初めはどこに座っていいかも分からなかった俺だが、3度目ともなれば違う。勝手知ったる……とまではいかないがある程度は分かってきたところだ。
先ほどのような会話や光景も当たり前とは言えないが、最低限見慣れてきた。少なくとも当初の俺ならコーヒーを入れてもらうなど恐縮していたが、今はありがたく頂いている。そしてはっきりと言おう、我ながらだいぶ馴染んでいると……!だってもう俺の使う用のマグカップとかあるもん。
もちろんわざわざ買ってもらったわけではないが、使っていない来客用のカップを俺用にしてくれたらしい。ひなとふたりで選んだんだー!なんて言われれば嬉しくないはずがないだろう。
「ねえねえこーひーっておいし?ひなあれあんまり好きじゃない」
ほんとに苦そうな顔をしてひなちゃんが聞いてくる。まだ飲んだことはないが匂いが好きじゃないらしい。
「んーまぁ俺は結構好きかな、はっきりした味が好きなんだよね。あとは親が飲んでてかっこよかったから真似してたら好きになってたかも」
思い返せばあれは俗に言う中二病ってやつだったんだろうな。完全にコーヒーイコール大人の飲み物でかっこいいというイメージだけで飲み始めたんだし。
「あ、そうだひなちゃんも飲み物欲しいよね?」
「うん!ひなが取るからだっこして?」
ひなちゃんは冷蔵庫の上の方はまだまだ手が届かないから助けこそ必要だが、自分でもやりたがるのは立派で感心してしまう。
「よし!じゃあおいで!」
抱えて冷蔵庫に連れていけば、取り出したのは最近のお気に入りであるりんごジュースだ。次にコップを取りに食器棚に連れていけば、ひなちゃんは自分のコップを取ってみせる。
そんな姿を見て思うことはひとつだ。もう俺大体の食器の位置も覚え始めてる。流石にズカズカ入って使ったり取り出したりは抵抗もあるしやらないが、人様のお家の食器やらまで使うことに抵抗がなくなってるのは少しだけ問題な気もする。
俺たちはそのままアイスコーヒーとジュースを持ってテーブルへと戻る。からからと氷を混ぜているとひなちゃんも隣でそれを真似して楽しそうに笑っている。
「んっ!美味しい!やっぱり俺がやるより美味しい気がする!」
俺がコーヒー、特にアイスコーヒーを好きだと知ってから結衣さんは家にあったというコーヒーメーカーで作ってくれるようになった。あまり使ったことはなかったらしいが3度目の訪問にしてすっかりお馴染みになってしまった。
「一緒だよー!だって全自動だもん。最初は分量もよく分からなかったから微妙だったけど、今は完璧!」
そう言ってひなちゃんの前のイスに座るとテレビをつけてそれを眺める。最初は少しだけ気まずかった沈黙でさえ今はもう自然なものとなった。無理に喋るようなことはしなくても落ち着く時間を過ごせるんだからすごいものだ。
「あ、そういえば天沢くんあれありがとね。一応洗ったから」
差し出されたのは長袖のジャージだ。あの日貸したはいいが、学校では受け取るタイミングがなく、結局今日まで預けっぱなしとなっていた。
「もしねもし、嫌じゃなかったらなんだけど……時々でいいからまた借りていいかな?」
「ん?いや別に俺はいいですけど……」
「サイズがね!サイズが!すごいちょうど良くて!たほらあのダボダボ感?っていうのかな」
なぜか身振り手振り全開に必死でサイズ感を褒めてくる。たしかに視線がどうと悩んでいたし、女の子にはいろいろあるんだろう。
「俺は全然大丈夫なんで。あー、じゃあいっそのことそれしばらく預けますよ。そろそろ夏でしょ?あんまり着なくなるだろうし」
「だめ!それじゃだめなの!……えっとね、一度ね一度、来てから私に預けて欲しいの」
このときの俺はどんな顔をしていただろう。全く言ってる意味が理解できずにぽかんとしていた自信しかない。
「ごめんね、変なこと言ってるね。嫌だったら全然断ってくれて大丈夫だから!」
「嫌ではないですけど……これ俺が着る意味あります?せっかく洗ったのに俺が着ちゃったら汚れちゃいません?」
最近白坂さんのことはだいぶ分かってきたと思っていたが……まだまだ知らない一面は多いらしい。俺にはいま彼女がなにを求めているのか全く分からない。
「着なきゃダメなんだよ……!着た後と着る前じゃ全く別物になっちゃうんだから!いいからいいから、何も考えずに着てくれるだけでいいんだから。今日は帰るまでそれを着ててください。それで次の体育が終わったら返します!」
特に俺が嫌がってないことが分かると彼女は嬉しそうに、それでいてまくし立てるように断言する。
本人はニコニコと楽しそうなので、俺は特に反論することも無くジャージを着ることにする。ここで変にじたばたすると怒られるからな。俺が着たのを確認すると満足げに数度頷いて再びテレビを見始めた。
やっぱり白坂さんの家で洗うと俺ん家で洗った時より少しだけ匂いが違うんだよな。なんか申し訳ないけど俺のジャージから女の子っぽい匂いがするちょっと緊張する……。
それにしても他人の家で俺だけジャージって……。なんだかひどくマヌケな絵面だけど、まぁいいか。
「お兄ちゃん、これできる?お姉ちゃんはよくわかんないって」
ひなちゃんは黙々と折り紙に没頭していたが、今回のやつはうまく出来なかったらしい。折り紙と折り方の説明書的なやつを見せてくれる。難しかったのかぐちゃぐちゃになった折り紙に少しだけ恥ずかしそうにしている。そんな姿はやけに愛おしく感じてしまう。
「ん?あーこれね、昔作ったなぁ……。よし!ひなちゃん、一緒にやってみようか」
「うん!がんばる!」
俺がひなちゃんと一緒に折り紙を折っていると気になってきたのか白坂さんも混ざり始める。
「ちょ、ちょっと待って!早い早い、もう少しゆっくり……」
「お姉ちゃん、おそいー!ひなもうここまでできるんだよー?」
さすがに幼い妹には負けたくないのか白坂さんも必死だ。ちなみに俺はもうできている。紬にせがまれて俺ももっと小さい頃に一緒になってやってきたからな。早くできるとかっこいいという理由で一時期凝ってた時期があったんだけど……ある程度上達した頃にはあいつ飽きてたからな。ここでこうして発揮できて報われた気がする。
「できたー!ひなー?お姉ちゃんの方が早くできちゃった!教えてあげよっか?」
余程悔しかったのか、妹相手に本気で煽ってる……。最近つくづく思うのは俺の目の前の女性と学校での白坂さんが本当に同一人物なのか怪しい。ちょっと前までならこんな姿想像もできなかっただろうな……幼い子ども相手に本気になってるなんて。
けどまぁ俺はやっぱりこっちの時の方が好きかな。それにしても俺もすっかり緊張しなくなったなぁ、びっくり。
「いい……お姉ちゃんにはきかないもん。お兄ちゃんおしえて……!」
ぶすっとして不満全開という表情でこちらにたずねてくる。こういう感情全開なところも可愛らしいな。
「んー?いいよ、ここはね、こうすると簡単に出来るんだけど……そうそう、そんな感じ。ちょっと難しいよねー、一回コツ掴むとできたりするんだけど。……うん!ひなちゃんやっぱり上手だね!」
みんなでやった時に説明が分かりにくかったらしくつまずいていたが、改めて教えるとすぐできるんだから頭がいい。それに途中で投げ出したりもしないんだから立派だと思う。俺が小さい頃なんてすぐ諦めてた記憶しかない。
頭を撫でてあげれば嬉しそうに手のひらに頭を擦り付けてくる。
「お兄ちゃんのほうがねやさしいから好き。…お姉ちゃんはしらないの」
わあ意外と辛辣……!目の前でお姉ちゃんショック受けてますよ……?まぁこれに関しては余裕で白坂さんが悪いけどね……俺の事軽く睨んでも無駄なんだよなぁ……。
「ご、ごめんね。ひなー?」
その後俺が帰るまで結衣さんは必死にひなちゃんのご機嫌取りをしていた。
この光景を見てももはや驚きなんかはなくて、あーまたねってくらいなんだから……慣れってすごいね。
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