2話 出会いは唐突に
「今日はティッシュとトイレットペーパーが安い……しっかしまいったな、一人一個までか……紬のやつを連れてもう一回来るしかないか……?」
俺は真剣に悩んでいた。今日はスーパーの特売で、ティッシュとトイレットペーパーが安売りされているわけだが、俺一人では一つずつしか買えないのだ。高校に入って初めての終業式を控え、学校中が春休みムード一色のなかわざわざ少しだけ遠いスーパーまで来たっていうのに……。事前の情報収集を怠ったなと反省する。
そんなふうにぼんやり悩んでいると、バーンと足元にやわらかな衝撃があった。
「いたーい……。えっと……お兄ちゃんぶっつかっちゃってごめんなさい…。」
思わず足元を見ると、小さな女の子が俺の足に激突して転んでしまったようだった。
「ああ、ごめんね。大丈夫?痛くなかった?俺がこんなとこ立ってたもんだから」
慌てて少女を起こしながらたずねるが、少女の表情は暗いままだ。
「……大丈夫?どこかぶっつけちゃったかな……、痛いところはあるかい?保護者の人は……ええと、お母さんとかは一緒かな?」
俺がそう問うと、少女はだんだんと泣きそうな顔になりながらぶんぶんと首を横に振った。
「お姉ちゃん……どっか行っちゃったの……。離れちゃだめっていったのに……」
多分はぐれたのはこの子の方だろうけど……と内心で思ったが声には出さない。この子のお姉さんか……しかしとにかく保護者がいるならよかった。
「んー、じゃあお姉ちゃん来るまで一緒に待ってようか?お名前聞いてもいいかな?」
とにかく一人でいることが不安だったのか、一緒にいるか聞くと笑顔で頷いてくれた。さっきまでとは人が変わったように明るくなる。
「うん!えとね、ひなはねひなたって言うの!ひなのことはねお姉ちゃんはね、ひなって呼ぶ!」
起こした時に繋いだままだった手をぶんぶんと小さく上下に振りながら、可愛らしい笑顔で話してくれる。
しかし……いい子なんだけど警戒心が薄いんじゃないかな……と勝手に不安になる。別に俺が何かするわけじゃないけどさ……。
「ひなたちゃんはお姉さんと二人で来たの?ここって結構広いからはぐれると、見つけるの大変かもなあ」
ここはスーパーではあるが、そもそもが広いうえに100均があったりと他にもいろいろなお店がある複合施設にのようなものに近い。だからせめてスーパー内か近くにいてくれるといいんだけどなあ……。
「……ひなもう会えない……?姉ちゃんひなのこと置いてちゃった……?」
ああ、やってしまったとすぐに分かった。元気に笑ってくれているが、それでも絶対に不安だろう。一度泣くのを我慢したような顔で俺をじっと見つめたあと、しゅんとして俯いてしまった。
俺は落ち着かせるようにとっさに頭を撫でておく。
「大丈夫だよ!お姉ちゃんには絶対会えるから。それに会えるまで俺も一緒だからね。ひとりにはしないから安心してよ」
多少はほっとしたのか笑顔を見せてくれた。そしてそのあと、こちらをうかがうようにのぞきこんで問いかけてくる。
「ひなじゃまじゃない?めいわくじゃない?」
「もちろん、ひなたちゃんが話し相手になってくれてるからね、俺はむしろ楽しいくらいだよ。ええとお姉ちゃんと最後に一緒にいたのはどこらへんかな?」
すっかり笑顔に戻ったひなたちゃんはニコニコと俺の手を握って案内してくれる。どうやら100均を見た後にスーパーに買い物に来たのだが、アニメのキャラクターの商品が気になって戻ってしまったらしい。そこからはぐれたというのでおそらくはスーパーか100均のどちらかにいるだろう。
「とりあえず100均まで来てみたけど……お姉ちゃん見える?俺はほら、ひなたちゃんのお姉さんを知らないから……。」
首を振っているし、思えばひなたちゃんの身長だとお姉ちゃんを探すのは大変かもしれない。
「たかーい!お兄ちゃんすごいね!ひなこんなに高いのはじめて!」
俺はひなたちゃんを肩車して視線を高くすることにした。これならこっちからも見つけやすいし、向こうからも見つけやすいだろう。そして何よりひなたちゃんが楽しそうだ。我ながら名案だと思う。
「どう?お姉ちゃんいそうかな?てかお姉ちゃんってどんな感じの人?」
「んーお姉ちゃんはきれいでかわいいよ!いつも優しいしー、ひなのことかわいいって言ってくれる!」
少女はお姉ちゃんがどんなに優しく綺麗で、魅力的かを教えてくれる。
聞きたい情報は何一つ分からないけど……まぁこれは子どもだからしょうがないな。とにかく俺に出来ることはお姉ちゃんがひなたちゃんを見つけてくれるように願うことだけだ。
その後リクエストに応えてアニメのキャラクターのシールなんかをしばらく見てからもう一度スーパーの方に戻ることにした。
俺もお姉ちゃんとはぐれたのにシールが見せてるのはどうかと思うよ……。でも見たいって言うし……それにしてもすごいメンタルだな……。子どもってみんなそうなのかな?
「お姉ちゃんいない……もう帰っちゃったのかな……」
ある程度探し回ったがいっこうに見つからず、そろそろ不安が限界になったのか、俺の頭上の幼い少女は不安そうにそう零した。俺の頭の上でひなたちゃんが泣き出しそうなので慌てて下ろして泣き止んでもらえるように頑張る。
「ここは広いからねー、それと今度から絶対お姉ちゃんから離れちゃダメだからね?次は今度こそ一人になることもあるんだからさ。」
「お兄ちゃんもいないの……?もう会えないの……?」
純粋に、そしてぽかんとしたような、それでいて少しだけ寂しさの混じった視線をこちらに向けてくる。そりゃ俺は他人、さっきまではほんとに知らない人なんだから当然会うこともないだろう。でもそれをこの状況で伝えるのはかえって不安にさせるだろうなとも思う。
「うーん……もしかしたらまた会えるかもね。俺もたまにここ来るしさ」
なんかよく分かっていない様子だけど頭を撫でてごまかしておくことにした。
「ひな!こんなとこいたの!?大丈夫なの!?」
後ろの方から悲鳴に近いような声で呼ぶ声が聞こえる。
「お姉ちゃんだ!ひな大丈夫だよ!」
ひなたちゃんもおそらくは姉だろう人物の元へと駆け出した。
「あんまりうろちょろしたらダメだって言ったでしょ!一人でいたら危ないんだから!」
「うう……ごめんなさい……。でもはぐれたのはひなじゃないもん……。」
この子は間違いなく大物になると思うよ。確実にはぐれたのはひなたちゃんだからね。絶対認めないけど……。
「あの……ひな、えっと妹を見ててもらったみたいで、ありがとうございました!少し目を離した隙にはぐれてしまったみたいで……本当に助かりました」
ぺこぺこと何度も頭を下げるお姉さんに、俺はただ大丈夫です、とか会えて良かったですねみたいな定型文しか返せなかった。
なぜなら目の前のひなたちゃんの姉が、俺でも知ってる学校のアイドルみたいな女の子だったから。
ひなたちゃんは何度もこちらを向いて笑顔手を振ってくれるので俺も笑って小さく手を振った。
「あー……特売のやつだけでも一緒に並んでもらえばよかったかな……」
こんな何気ない日常の一幕が、思えば俺と白坂結衣との最初の出会いだった。
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