10話 新学期と心情とこれから
白坂姉妹との和やかな時間を過ごした春休みが終わり、始業式の日からも週が明けた月曜になると本格的に高校二年の生活が始まる。先週は週の途中から始まったように体を慣らすための期間という意味を持つ。最初の土日を終えてもまだ、教室には少し浮き足立ったような空気が漂っている。
「おはよ、あらあらハルくん、今日の君はまたずいぶんと辛気臭い顔をしてらっしゃいますなあ。……というかいつもより覇気のねえ顔してんな、お前また夜更かしてたろ?隈ひでえぞ」
大地は月曜だというのに相変わらず元気だ。そしてよく人を見ているやつだなと感心してしまう。
「まぁ……いろいろ考えることもあってな。それからシンプルに日曜は好きな作家の新作の発売日だったんだ。積んでる本が多すぎてまだ読めてねえけど……」
悩みはひどくシンプルな話だった。この春休み俺は白坂姉妹とそこそこ仲良く関わらせていただいた。クラスの、学年の、いや学校のアイドル様とである。
新たなクラスとなり最初の週を終えて思ったことがある。なんかいろいろ面倒じゃね?とな。別に彼女との交流が、ではない断じて。
いやだってさあ、去年まで目立たず大人しく過ごしてきたのに。今年はクラス替えそうそうに爆弾を抱えたようなもんだろう。
もちろん、俺にやましい気持ちはないし向こうもそうだ。彼女にとって見ればただ妹が気に入り、たまたま少しくらい話が合ったから仲良くしているだけの関係に過ぎない。問題なのは周囲がどう見るか、平たく言えばバレた時の嫉妬だ男どもからの。
さらに言えば、白坂結衣と連絡先を交換している。この事実は何やらいっそう面倒な予感がする。どう処理するべきかで無駄に悩んでしまい、悩みを誤魔化すためにも本の世界に浸っていたというわけだ。
ああ別に彼女のことを意識しているとかではない。ただクラスメイトの男どもにバレたら面倒だなとか、そもそも友達と連絡先を交換するという行為自体が久しぶりすぎて、なぜか緊張してしまったという悲しい背景があるのだ。
ちなみにクラスメイトにバレるリスクは現状皆無と言ってもいいことには今朝になって気がついた。だって俺には大地しかこのクラスに友人がいないのだから。
「さんざん悩んだことがあっさり解決すると謎の気持ち良さがあるよな」
「まぁそれは分かるけどさ、ちゃんと寝ろよ。それにしてもハルがそんなに悩むなんて珍しいな、なんかあった?」
「んー?いや別に、悩むようなことでもなかったよ。今の悩みはせいぜい今年俺を待ち構えるプール実習をどうするかくらいだな」
「いや普通に出ろよ。そしていい加減に髪を切れ。見てるこっちが暑苦しいわ、休みの日みたいにせめて縛るとかどうにかしてくれ」
大地は俺のこの長ったらしい髪が気に入らないらしく、休みの日なんかに遊ぶ時は基本的にセットするなり留めたり縛るなりしてまとめている。
ただ切れ切れ言いつつも、強要したりしないのは俺が髪を伸ばし始めたきっかけを知っているから。それでも切れというのも、またこのきっかけを知っているからであるわけだが。
まぁうちの妹様は遠慮なんてせずに、切れ切れと言ってくるわけだが。
「前髪を上げるなんて恥ずかしくてお前くらいにしか見せれねえや。特別なんだぞ」
適当に投げキッスでもして見せると、大地のやつは心底嫌そうな顔をして見せた。
「お前なまじ顔がいいから鳥肌立つぜ。はー……それにしてもお前のそのノリの良さをみんなに見せてやりたいよ、きっとすぐ大人気で友達作り放題になるぜ?」
「無理だよ、期待されたり注目されたりすると気分が悪くなるんだ。てか別にお前がいるだけで今年はもう去年より楽しいからさ。ほら、お友達のとこ行ってやれよ、お前を独占すんの申し訳ねえし」
「しょうがねえなあ、多分これは俺にはどうにもなんねえことなんだろうし。お前には俺以外の友達が必要な問題な気がする」
大地はそれだけ言うと勝手に納得したようにうなづいて友人たちの元へと向かった。あいつはほんとに良い奴で、だからこそ申し訳ないんだ。あいつを独占してしまうのは。
また少しだけ自己嫌悪に陥りそうになった時、ピコンとスマホの通知が鳴った。ここしばらく学校では家族か大地、それから数少ない他校に通う友人くらいからしか来ることのなかったメッセージに思わず面食らってしまった。
『おはよう 学校にいる間も連絡来るかなってちょっと待ってたんだけど来なそうなので私から送ってみた』
白坂結衣、ちょっとしたきっかけで仲良くなり、今年から同じクラスになった彼女から届いたものだ。俺はばっと顔を上げて、周囲にばれない程度に彼女の席の方に顔を向けた。彼女はそんな俺の配慮を知ってか知らずか、目が合うと小さく笑った。
『ようやくこっち見た 私はけっこう仲良くなったと思ったのに まさか一度もこっち見ないなんて』
可愛らしく泣いてるスタンプが送られてきて思わず頬が緩みそうになるのを慌てて抑えた。
『ごめんなさい 学校だと白坂さんは話しかけちゃいけない気がして 』
『仲良くなったと思ったのに残念です 直接は話しにくいと思ってメッセージにしてるのに』
怒っているスタンプがいくつか送られてきたあとに、気にせずいつでも連絡してね、とだけ届いた。彼女の方を見ても、今度は目が合うことはなかった。ありがとうと返すと既読がついた。教室にひとり座る時は、いつもどこか息苦しかったけれどいまは、春休みのように穏やかな気持ちになれた。
ーー
「なーに、さっきからスマホばっかり触ってるけど、結衣にしては珍しく。あ、もしかして……彼氏でもできた!?」
「ち、違うよ……!声おっきいし……!ただの友達です!」
「伊織ちゃん、結衣ちゃんに彼氏なんてできてないでですよ。告白成功したやつなんて出てきたら大騒ぎ間違いなしなんですから!」
二人は私の親友、斎藤伊織と香坂千尋だ。伊織とは小学校、ちーちゃんこと千尋とは中学校で出会いそれ以来最も仲のいい友達だ。
「まぁそれはそうね。それに私たちの審査も通してもらわないと。結衣は変なやつに捕まったりしそうなんだから。特にサッカー部はダメよ!あいつら女絡みでいい評判一回も聞いたことないんだから!」
「伊織ちゃん、それは数少ない善良なサッカー部が可哀想ですよ!中には真面目な人もいると聞いてます!」
「朱に交わればってやつよどうせ。一年の頃は真面目でも二年になった今じゃってね」
伊織はとことんサッカー部が嫌いらしい。なんでも一年の頃にクラスの友達がサッカー部の先輩に浮気されたとかなんとか。それ以来毛嫌いしてる印象が強い。
「た、たしかに……最近友達も浮気されたって言ってました……。でもサッカー部がってより一部のイケメン組がとっかえひっかえしてるって聞きます」
「やっぱりイケメンは敵よ敵。真面目な男にしときなさい結衣。だいたいね、ひとは顔じゃないの、中身よ中身!」
「お母さんみたいなこと言わないでよ……。それにそもそも彼氏じゃない!変な誤解はやめてよね」
このふたりはやたらと私のことを心配したがる。特に高校に入って告白されることが多くなってから、いっそう心配性になっている気がする。
「だってあんた変に隙があるから心配なのよ。意外と簡単にコロッといったりするパターンよ絶対」
きっぱりと言い切った伊織に言葉が詰まる。
初めて天沢くんと関わったこと、それから春休みのことを不思議と思い出した。
穏やかで落ち着いた様子や話し方、思ったよりもずっと話しやすくて趣味も合う彼との時間は楽しかったし、長めの前髪の切れ目から見えた眼差しはとても優しいものだった。
同年代の、それも同じ高校の男子から異性としてではなく接されたことも、むしろ興味なさげに振る舞われたことも初めてだった。そしてそれがなぜか無性に嬉しく思えたのも事実なのだ。
彼は私に特になにも求めないし、期待してない気がする。そんな時間がすごく久しぶりな気がして心安らげた。
ひなの面倒を見るときも、一人で姉として頑張らなきゃって思っていたけど。散々迷惑をかけているのに天沢くんは気にもしていない素振りでむしろ楽しそうに。
『学校始まっちゃったけどひなが会いたがってるので空いてる日があったら教えてね』
学校にいるとあんまり連絡が来なくて、それが少し寂しくて。連絡してねなんて送ったばかりなのに、すぐに自分からメッセージを送ったことに少しだけ気恥ずかしさを感じた。ひなが会いたがってるのはもちろんほんとだ。でも少しだけ、ほんの少しだけもっと、これからも彼とゆっくり話してみたいと思ったのもほんとだ。
少しでも気に入っていただけたら評価欄から評価とブックマークをお願いします!




