家へ持ちて来ぬ 壱
安全に配慮して漕いでいたこともあり、家に着いた頃には既に七時を回っていた。
(流石に怒られるかな…)
いつもなら遊ぶ友達も用も無いのでこんなに遅くなることはない。さらに連絡をするのを忘れていたことを思い出し冷や汗をかく。
言い訳はせずに平謝りしようと決め、家の自転車置き場に停める。ひょいっと降りる少女。
「ここがそなたの家か!」
ほー!と興味深そうに私の家を眺める可憐な横顔が私を正気に戻した。
「待って…君のことどうしよう」
どういう意味だ?と言わんばかりに頭ごと傾げるようにこちらを向いてきた。少し不服そうだ。
すっかり忘れていた。そうだ、普通に持ち帰ってきてしまったが、竹から出てきた少女なんて信じてもらえる訳が無い。かぐや姫じゃあるまいし。私だってあんまり信じていない。
迷子を連れていくとしたら交番が妥当だろうが、私は交番がある場所を正確に把握していない。この町がそれほどまでに平和な証だ。
うんうん悩んだ末、両親に迷子だと説明して、その後に車か何かで交番まで送ってもらおうと決めた。もう暗いし、大人がいる方が安全だろう。
玄関前に立つ。入る前に少女にこれからのことを細かく話す。早く帰りたいだろうしなるべく手短に話をつけられるよう頑張るねと言うと、少女は片口の端を上げてこう言い放った。
「それには及ばぬ。安心してまろを紹介するがよい。」
及ぶとか及ばないとかの問題じゃないんだけどな……とツッコミたい気持ちを抑えながら玄関を開ける。
「想音!随分遅かったじゃん!!連絡もなかったし!!何かあったのかと思ったよ!!!」
扉が開く音を聞き付け、まっさきに玄関に走って来たお母さんが矢継ぎ早に小言を言う。当然のことなので仕方がない。
四十過ぎにしては健康的で油物もガツガツいける母だ。父親の農家を手伝っていて私はおろか兄より体力も握力もあるので敵わない。
一通り私への不満を言い終えたあと、私の隣を見てビックリした表情を浮かべる。
「想音!その子どこの子…??こんなに遅いのにお家帰らなくて大丈夫なの??」
当然の疑問だ。なるべく語弊が出ないように玄関に入る前に固めていた台詞を思い浮かべ口に出す。
「ああ、この子は迷子で…」
私が説明しようとすると、それまで黙っていた少女が急に発言する。
「お初にお目にかかります。色々立て込んでおりまして、しばらくここで預かっていただけませんか?」
「えっ…!いやっ!お母さんこれは!!」
なんだこいつ!!さっき説明した内容と全然違うじゃん!!
勝手なことを言い出す少女に私は青ざめてあたふたする。
預かるってどういうこと??今日出会ったばかりなのに…?そもそも私にはそんな話してこなかったじゃんか!!
それに口調がとても大人びている。疲れて歩けないから運んでくれと命令してきた子供には見えない
ぐるぐると疑問が頭を巡るが、当の本人は毅然とした態度でお母さんを見つめている。
するとお母さんはふぅっと息をついて、
「大丈夫。部屋数は多くないから想音と相部屋になるけれどそれでもいーい?手狭だと思うけれどゆっくりしていってね。」
と言い残し、くるりと今の方に踵を返した。
「……へ??」
出会って数十秒の見知らぬ人間に泊まり込みを許可するほど、私の母は脳天気な人間では無いはずだ。
全く予想していない展開に、何かの聞き間違いではないかと思い慌ててお母さんに向かって声を上げる。
「お母さん!!どういうこと?!大丈夫ってどういうこと?!」
「んもー!だから!泊まるならあんたの部屋に泊めてって言ってんの!!早く案内してあげな!!」
そう言い残しプリプリと居間の方に戻っていってしまった。
呆然と母を見送る私に、美しい少女は「ほれみろ」と言わんばかりの表情を浮かべている。
その顔はどこか妖艶で男にも女にも見える。
「……」
とにかく何が起こったのか根掘り葉掘り聞き出さねば。
靴を脱いで玄関の施錠をした後、手招きをして少女を案内した。