四尺三寸ばかりなる人 壱
「うわあぁぁぁ!!!」
明らかに自分が触れた部分を起点にズルリと割れた竹を目の前にして私はまず、離れなければと思った。
発光していたことこそおかしいが、他の部分はさっきも見た通り普通の竹だ。
おそらく十数メートルは悠に超えている。そんなものが頭の上に落ちてきたら一巻の終わりだ。
四つん這いになって必死に竹から離れる。数メートル距離を取ったところで何かがおかしいと気付き竹の方に目をやる。
「……え?」
切られた上の部分の竹が跡形もなく無くなっているのだ。上下左右に視野を巡らせるがやはり無い。でもそんなはずはない。どういうことだ??
混乱している私の目の前で、残った下の竹は依然として光っている。中身があったのか?しかし光が強くて何が光っているのかは特定できない。
消えた竹、光る竹の情報量に放心状態でいると、光が強さを増してきた。
――爆発するのでは――
ぼうっと光を見つめていたが、ふと我に返って膝裏に汗をかく。映画なんかでも、何かが爆発する前は光がツーっと強くなってその後に大惨事に至っていた。
逃げなければと思う反面、腰が抜けてしまったようだ、足に力が入らない。恐怖で余計に震えが増幅し上手く力を伝えられない。
終わった……
――お父さんお母さん今までありがとう――
覚悟を決め、四つん這いの状態でキュッと目を強く瞑る。
「なんという暑さ。まろが衣装を間違えたようではないか。」
コロコロとした声が頭上から聞こえた。私は思わず目を見開く。
「……え?え!え?!」
目の前の光の中からいつの間にか子供のような人影が現れた。中学生くらいだろうか。
この暑い中、装束のようなものを着ている。随分古典的な言葉遣いだ。只者ではないと直感が言っている。
初めは逆光でよく見えなかったが、だんだんと光が弱くなっていくとその姿がハッキリとわかる。
その子は怪訝そうに周りを見渡し、不意にこちらを見る。バチリと目が合う。
筋の通った鼻、儚げな瞳、血の気をひっそりと隠した唇。そして絹のような黒髪は顔の少し下で前下りに切り揃えられている。顔立ちが相当美しく女とも男とも似つかない。
一瞬その惚れ惚れとする造形にこの状況を忘れそうになるがハッとして口を開く。
「だっ、大丈夫??どうして……いつの間にここにいたの??その格好は……??」
「一度にそんなに問いを投げかけるでない。まろは疲弊している。」
なんの答えにもなっていない返しをしてきたその子は、装束のせいもあってか本当に辛そうだ。
長く、美しいまつ毛は悩ましげに下を向き、汗を滴らせている。
しかし答えてもらわなければどうすることも出来ない。矢継ぎ早に質問を投げかける。
「疲れてるの?」
「左様。」
「お腹は空いてる?」
「左様。」
「家はどこ?」
「長くなる」
肝心のところを聞きだせずむず痒い。
どうしたものかと周りを見渡すとすっかり暗くなっていることに気がつく。
夏の夕方は長いが、少し暗くなってからの日はあまりにあっけなく落ちる。小さい頃、暗くなったことに気付かず外で遊び続けて何度も家族を心配させたことを思い出す。
煌々と灯っていた光が無くなった今、一層薄暗さが際立つ。足元が見えずらい。お互いの安全のために出来るだけ早く竹林を出ることが最優先事項だと考えて提案をする。
「じゃあとりあえずここを出よう!もうかなり暗くなってきたし……!」
無言でこくりと頷いてくれたので、こっち!と手招きするが、その子は全く歩き始める様子がない。訝しげに顔を覗き込むと、少し恥ずかしそうに両手をこねながらこういった。
「先も伝えたがまろは少々疲れている…!!」
思うことは色々あるが、とりあえずこの偉そうな子供をおぶる為に私は屈んで背を差し出した。