蓬莱の玉の枝 弐拾弐
「吉住さん!智樹さんってどこにいますか?!」
あの日……タニガヤの依頼を断り帰ろうとした時、私たちは怖いものを見てしまった。沢田さんのお父さんが窓を開け放って入浴していたのだ。
仮に、これを沢田さんのお母さんもやっていて、それをタニガヤは静観していたのだとしたら……もしくは、窓を開けると気持ち良いとタニガヤ自身が勧めたのだとしたら……お母さんの死がタニガヤの悪意によるものだと断定できる。
このことを智樹さんに報告しようと、千代と必死に智樹さんを探しているが、1週間経った今も見つかっていない。それもそうだ。私達はあの日初めて智樹さんに会ったのだから当然どこに住んでいるのか知らない。私たちと智樹さんを繋ぐのは吉住さんだけだ。
だから、私達は智樹さんを探し回りながら、同時に吉住さんが私達の家に訪ねてくるのを待っていた。そして、今日。ついに吉住さんが我が家の畑に顔を出した。
「え?智樹くん?流石に家の場所までは分からないな……」
吉住さんはまさに困惑、という表情で答えた。
「そうですか……次に会う機会とかありますか??」
「特に決まっているわけじゃないけど……何かあったの??」
多分、吉住さんに伝言してもらった方が私達が間に入るよりも早く智樹さんに伝わる。あの日沢田家で見たものを伝えようとすると、吉住さんは片方の手のひらをこちらに向けてきた。
「沢田家のことだよね?私の口から上手く伝えられるか分からないから、次に会った時、第一公園に行くように伝えておく。そのすぐ後であなた達を呼びに行くから。流石に家を知られるのは嫌でしょ?」
可哀想な智樹さんとはいえ、他人は他人だ。吉住さんは智樹さんが私達の家の場所を知らずに済むように、公園で話し合えるように提案してくれた。
「ありがとうございます!!!」
これには千代もご満悦のようで納得の表情を見せている。あとは智樹さんを待つだけだ。吉住さんにお礼を告げた後、私は家に入りリビングに寝転んだ。
ここ1週間、一日中外に出て2人を探し回っていた。さすがの千代もこれは危ないと判断したらしく、探すのを手伝ってくれていた。もっとも、畑いじりをしている時間も長かったけれど。
ソファに身を投げながら、これまでの話の中で起こったことを順番に頭の中で整理していると、1つ気になることができた。
「どうしてタニガヤは、私たちに智樹さんの居場所を探させるように頼んだんだろう……」
これまでのタニガヤの言動を考えると、私たちに何かを依頼をするのはとてもおかしいのだ。
今までのタニガヤは、全て1人でこなしていた。介護士として沢田家に通うようになり、娘の麻衣さんだと勘違いされ始めてから、沢田家の奥さんの死を誘引するのも、職を辞して養子縁組をするのも、お父さんと暮らすのも、5ヶ月間智樹さんの電話を録音するのも、全てだ。
これは、至極当然のことだ。下手に人に知られれば思わぬ証拠を掴まれて逮捕されてしまうかもしれない。余程必要がなければ他人の力は借りたくない状況のはず。なのに、出会って間もない私達に協力を頼むだけでなく、家にまであげた。
つまり、私たちに協力して欲しいと頼んだのは余程困っていたからだと推測できる。でも、「タニガヤがとても困っていた」と仮定するとまたおかしいのだ。困っていた割には、千代が断った時の諦めがよすぎるような気がしたからだ。
タニガヤは本当に困っていたのか。それとも単なる気まぐれか、もしくは、別の目的があったのか……
嫌なことを考えているせいか、指先が冷えてきてしまった。冷房が付いているのもあるだろう。土いじりをしている父母兄が、家の中に入った時に涼しくなっているように温度が低めに設定されている。冷え性の私からしたらちょっと辛い。
冷えた身体を温めるために外に出る。いつものごとく、千代は吉住さん含めたマダムたちに可愛がられている。一度に5、6人の女性を相手に出来るのだから、まるで聖徳太子みたいだ。
遠巻きに眺めていると、こちらに気づいた千代が小走りに寄ってきた。
「そうと!!少し外を歩かないか!!」
「あ、うん、別にいいけど……」
訴えかけるような瞳に見つめられて思わず了承してしまった。
千代に背中を押されるがまま、敷地を出る。マダムたちは残念そうに声を上げた。なるほど、これから逃げたかったのか。
商店街の方に歩く。お金を持っているわけではないから何も買えないが、目的地があった方が安心して歩けるというものだ。
「世話をされることや祀り上げられることはあったが、あのように至近距離で人と接するのは慣れないもので、ちと疲れる……」
歩き始めて10分程経ち、家からの距離が離れると千代はため息をつきながらこぼした。ひとりごとなのか会話なのか微妙なラインだ。適当に相槌を打つ他ない。
それにしても、祀り上げられるなんて語彙を使う程良いお家柄だったのか。金持ちと言うだけでなく位が高いまである。まあでも、ここは異星だ。関係ない。
千代のぶつくさを聞き流して歩いていると、少し遠くの方から誰かが走ってくるのが見えた。夏場にランニングなんてエネルギッシュだな、と思っていると、見覚えのある男の人の姿が陽炎のように揺れながら近づいてきた。
「智樹さん?!?!」
「っ!!2人とも……!!!!」
息を切らしながら走ってきたのは、他でもない智樹さんだった。




