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蓬莱の玉の枝 弐拾壱

「あっ!こんにちは〜!今日もよろしくお願いします!」



翌日、森に向かうと麻衣さん……タニガヤはいつも通り花を見ながら待っていた。



「こんにちは……」



とりあえず家まで、という智樹さんの言葉を脳内で復唱し、なるべく今まで通りに接することを心がける。顔がひきつっていないか心配だ。



「ここには綺麗な花がたくさん咲いてますよね!あ、これ見たことあるんですけどなんて言う花でしたっけ?」



私の心配をよそに、タニガヤは無邪気に赤い花を指差していた。



「それは彼岸花だ。不吉な花とされているが、害虫や害獣を寄せ付けないよう植えられているものでもある。」



千代が答えてくれた。千代はタニガヤに対していつもドライな対応だから、違和感がなくて助かる。



タニガヤは、へぇー!と言うと、また花をじっと見つめる。その表情は柔らかく、とても我欲の為に他人を陥れた人には見えなかった。

 


彼岸花。不思議や見た目をしていて惹き込まれるけど一応毒がある。伝えようか迷っているうちにタニガヤが口を開いた。



「そうなんですね……害獣を寄せ付けないってことは毒があるのかな?こんなに素敵な花なのに不吉って言われちゃうの可哀想ですね」



そう言って立ち上がり、案内します、と歩き始めた。花を愛でる心はあるのに、どうしてそれを人に向けられないんだろう。



ザクザクと道無き道を進み、やがて沢田さんの家に到着した。何の変哲もない民家のはずなのに、やはり閉塞感に恐怖を感じてしまう。



ふと、思った。どうしてこの家はこんなに締め切っているのだろう?外から見られたくないという思惑があるのだとしたら少し不自然だ。だって、ここの家は住宅街からは離れている。ここの家に来ようと思わない限り、人の目に付くことはまずないだろう。まるで、何かを閉じ込めているみたい……



「またちょっと準備してくるんで、待っていて下さい!!」



そう言って家の中に入ろうとした時、考えを巡らせている私の方をちらりと見た千代がタニガヤを呼び止めた。

 


「失礼!!少し話したいことがある!!!」



なんでしょう?と不思議そうに振り返ったタニガヤに、千代は静かに依頼を辞退したいと告げた。



多分、千代は私のことを気遣ってくれた。いつも通りの流れなら、ここで家の中に入って話を聞いてから帰り際に断るのが自然だろうけど、私は夕方までこの人と一緒にいることが怖くて仕方がなかった。それが、顔に出ていたのかもしれない。



強引な話の持っていき方を怪しまれないか気が気でなかったけれど、タニガヤからの返事はあっけの無いものだった。



「えぇ……そうですか……お二人とも学生ですよね?貴重な夏休みの時間を使わせて無理を言ってしまっていました。ごめんなさいね……」



「え……あぁ……いえいえ……」



私にはこれが少し不気味に感じられた。昨日はわざと話を聞かないようにしてまで私たちを引き止めていたのに、こんなにすんなりと受け入れてくれるなんてなんだかおかしい。



ボソボソと考えている間にも、タニガヤはペコペコと頭を下げて謝罪の言葉を述べていた。なんとなく、その目を直視出来なくて家の方を見ていると、家から白い煙のようなものが立っていた。



「あの!!家から煙が出ています!!!」



ビっと指をさすと千代とタニガヤも慌てて指先の方を見た。もしかして火事かもしれない。行かなきゃ、と走り出そうとすると千代が私の肩をポンと叩いた。



「あれは、()()だ。」



「ゆ……??」



よくよく見てみると、家からモクモクとはみ出ているのは湯気だった。いつもなら普通に分かったのに、タニガヤが目の前にいたことで気が動転していたのかもしれない。



「すみません……とんだ勘違いでした……」



ぺこりと頭を下げるとタニガヤは口に手を当て笑みを浮かべながら、いいんですよ、と言った。



「しかし、どうして湯気が出ているのか……」



千代がフラフラと湯気の方へ歩いて行ったので着いていく。タニガヤも後ろから着いてきているようだった。湯気が出ていた家の裏側に行くと答えが見えた。



「あ、お風呂……」



そこにはお風呂場のものと見られる窓が少し、()()()()()



中からは、シャワーの音が聞こえる。誰かが入浴しているのだろう。今この家の中にいるのはお父さんだけだ。



私は凍りついた。昨日の話、ヒートショック、殺人、様々な考えが頭の中をものすごいスピードで駆け巡った。視線を横に泳がせると、千代も顎から汗を滴らせていた。きっと、暑さによるものではない。



もう、立っているのがやっとな私達に、()()()()は言った。



「あーあ、お父さん、また窓開けてお風呂に入ってる。すみませんね、お父さん、ちょっと前からお風呂に入る時、窓を開けるのにハマっているんです。冬なんかは特に喜んでて。露天風呂みたい、って。」

 


嬉しそうに弧を描く口端から発せられる言葉が、麻衣さんのものなのか、タニガヤのものなのか、私たちには分からなかった。



お風呂場すぐ外にはあの荒れ放題の花壇があって、松雪草はたった一輪、未だ狂い咲いていた。


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