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蓬莱の玉の枝 弐拾

僕のこと売らないで下さいよ〜と冗談を言って、智樹さんと吉住さんは送り出してくれた。



時刻は5時。いつもと同じくらいの時間だけど、疲労度が昨日一昨日とは比べ物にならない。



今日のあまりの情報量に、道中何について話せばいいのか分からなくてしばらく無言で歩いていた。



それは千代も同じだったようで、下を向いて横を歩いていた。



しばらくの沈黙を破ったのは千代の一言だった。



「タニガヤは、どうして智樹殿が弟だと分かったのであろう。」



「えっ」



思いもよらない発言に足を止める。



「適当に言ったんじゃないの?兄か弟かの2択だから、賭けて当たっててもおかしくないと思うけど……」



「まろも最初はそう思っていた。タニガヤとはとんだ嘘つきであるからな。だが……」



千代が口ごもる。どうやって説明しようか迷っているのかもしれない。



「会話の内容から、電話相手が身内で、さらに()()であると判断するのは難しいのではないだろうか?昔の思い出話と言っても、沢田殿は認知症。どこまで信用してよいものか分からぬ。それは介護の職をしていたタニガヤが1番分かっていることだろう。」



言われてみれば……思い出話とはいえ、単にただの友達との昔話かもしれない。声の老若や内容だけでは電話相手が息子である決定打にはならない。



「故に、別の根拠があるのではないかとまろは思った。そして、思い出したのだ。そうと、先日沢田宅で、沢田殿が気にしていた本棚があったであろう。」



「ああ、あの小さい棚……」



たしか、1段しかなくて、雑誌くらいの大きさの本が入りそうな棚が、居間の隅に置いてあった。



「まろは、あそこには元々何か入っていたのだと思えた。何故なら沢田殿のあの様子は何を探しているように見えたからだ。」



「でも、何が入ってたんだろう……本棚だから本だろうけどなんの本か分からなくない?そんなに気に入っていた本だったのかな??」



雑誌くらいの背丈で、大切にされている本。私は、浮かんだ自分の考えに、少し嫌な予感がした。



「もしかして……アルバム……??」



「まろもそう思った。恐らく、タニガヤは家族の思い出の冊子に入っていた写真を見て、この家には息子が存在していると判断したのであろう。」



智樹さんは、小さい頃から麻衣さんの方の沢田家と仲が良かった。一緒に家族写真を撮ることもあっただろう。そして、お父さんやお母さんはそれをアルバムに入れて保管する。十数年後、それは養子となったタニガヤを勘違いさせる……



「沢田殿は、あの本棚を指さしてこれ、これ、と言っていた。それは、ここに大切なものを置いていたのを覚えていたのでは無いだろうか?娘が亡くなってから、幾度もあの本棚に足を運び思い出を眺めていたのであろう。」



「そしたら、そのアルバムはどこいっちゃったんだろう……実物はなかったよね……」



千代の理論は限りなく正しいように聞こえるが、肝心のアルバムがないとなると、正しいとは言いきれない。



すると、千代は少し怖い顔をした。



「それが、恐ろしいところよ。」



「えっ?恐ろしい……って」



十中八九、タニガヤのことだろうけどもしかして……



「タニガヤが、アルバムを……隠したってこと……??」



「あるいは既に処分したか、だ。」



「信じられない……!!何のために?!」



思わず声を荒らげてしまった。ただでさえ、タニガヤは沢田家を裏切り、崩壊させているのにどうして思い出まで…………!!!



「恐らく、余計なことを思い出させないようにであろう。タニガヤは沢田殿に娘であると勘違いされているが、造形が似ているとは限らない。純粋に、娘が亡くなった時の年齢に近かっただけかもしれぬ。」



たしかにタニガヤは30代前後に見えた。麻衣さんは恐らく20代後半に亡くなっているはずだから、歳は近いと言える。



「写真で本物の娘をいつでも見ることが出来るのは、沢田殿の病を利用し、娘の振りをしているタニガヤからすれば都合が悪い。そして、またこう考えた。だったら消してしまえばいい、と。」



怒りとも、恐怖とも似つかない感情が押し寄せる。決めつけてしまうのは良くないが、本当にそうだとしたらあまりにも残酷だ。許すことは出来ない。



「写真を綴じた本が本当にあの本棚にあったかは分からないが、あの家が昔は思い出を大切にしていたことは伺える。」



「どうして……?」



「あの家の柱、一本だけ真一文字の傷が無数に付けられていたものがあったであろう。あれはどういう意味か分かるだろうか?」



目を閉じて思い出す。そうだ、あの不気味な引っかき傷。意図的に付けられたのだとしたら何のためだろう……考えても猫の爪とぎくらいしか思いつかない



「わかんない……なんで??」



「あれは、身長を記録していたのだ。」



「身長??」



千代が私の頭の上に手のひらを乗せる。



「まろも乳母にやってもらっていたのだが、家の柱に吾子の成長の証として身長を記録するのだ。幼い時からやっていると、伸び具合を可視化できてなかなか面白いのだ。」



なるほど。沢田家の柱に無数の傷が付いていたのは、麻衣さんの身長をあの柱で記録していたからだったのか。それほどまでに麻衣さんの成長が大切で愛おしかったんだろう。



「まあ、つまり何が言いたいかといえば、それほどまで娘の成長を慈しんでいた者が自ら写真を処分するなど考えにくい。外部からの悪意があったのだ。



だから、まろ達はその悪意に蝕まれぬ内に早々に手を引こう、ということだ。それに、智樹殿も言っていた通り、これらはあくまで()()だ。間違っても問いただすようなことはしないように。」



「うっ……」



心の奥底で、タニガヤに一言言ってやりたいと思っていたことが千代にはバレていたようだ。しっかりと釘を刺されてしまったからには大人しくしておく他ない。



「理解できないこと、分かり合えないものとは関わり合いにならないのが1番良いのだ。」



夏の夕方の生ぬるい風に吹かれてそう言い放った千代は、どこか大人びていて、それでいて悲しげに見えた。




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