蓬莱の玉の枝 拾捌
「そうなると、心配なのは叔父さんです。養子縁組をする為に叔母さんを手にかけるようなやつと暮らさせる訳にはいかないって思ったんです。でも、本当に養子縁組をしていたんだとすると、何も文句は言えないんです。だって法律上、『親子』なんですから、一緒に暮らしていたって何にも問題ないんです。
それでまたゾクっとしました。タニガヤはここまで計算済みだったのか……って。」
沢田家と智樹さんの関係に感じていた違和感が段々と明らかになってきた。
「どうして知らない人と暮らす叔父さんを放っておいたのか」という私の質問の答えは、「放っておいたのではなく、タニガヤさんは沢田家のお父さんと親子である、という法律上の事実に守られていたから手が出せなかった」ということだった。
「でも、泣き寝入りするつもりはありませんでした。家が近かったのもあって、小さい頃から実の息子のように僕のことを可愛がってくれた叔父さんを助けなければ、と思って色々考えた結果、電話をすることにしました。」
「どうして電話という手段をとったのだ?」
私も抱いていた疑問を千代が聞いてくれた。
「情けない話なんですが、怖かったんです。推測とはいえ、殺人犯の住む家に足繁く通うのが……それに、僕がタニガヤの目的に気付いていることがバレてしまうと思いました。直接会いに来るなんて安否確認そのものですよね?そしたら、僕も事故死してしまうんじゃないかって……」
智樹さんの恐怖はもっともだ。情けないなんてことは決してない。誰だって恐ろしいだろう。そんな中、お父さんを助けようとした智樹さんは本当にすごい。
すると、智樹さんは更に細かく震え始めた。
「それで、さっき僕が言った言葉の意味なんですけど……」
「本当に余計なことをしゃべらなくてよかった、という発言のことか?」
「はい……僕は電話で叔父さんとコンタクトをとって生存確認をすることにしました。電話といっても、一瞬で切ってしまっては、目的がバレるかもしれない。それでカモフラージュとして、オレオレ詐欺口調で話してみたり、思い出話をしてみたりしていたんです。言動に一貫性を持たせないことでどういう目的なのか分からなくしようと思いました。
それに、ずる賢いタニガヤならいつ録音しているか分からないな、と思って、知られたとしても実害はない思い出話ばかり話していました。これは妙案でした。でもまさか、ほとんど全部録っているなんて思いませんでしたけど……」
冷静に考えてみれば、毎回録音しているなんて少し異常だ。タニガヤさんといる時は、情報が多くて助かるな、くらいにしか思っていなかったけれど録られている側からするとそんな行動は狂気そのものだ。
「おふたりは、僕の……麻衣ちゃんの弟の居場所を探すように言われたんですよね?」
私たちは2人でコクコクと頷く。
「僕の電話は、俗にいう迷惑電話です。そして、タニガヤはこの電話が誰からかかっているのか分からなかった。でも、会話の内容から家族に近い存在だと判断したんでしょう。」
そういえば、タニガヤさんは「弟」に自信がなかったように感じた。声をよく覚えていない、と言っていたけれど、十何年一緒に過ごしてきた家族の声が分からなくなるものだろうか。
「タニガヤはこう考えたんでしょう。もしかして電話の相手は息子なんじゃないか、って。思い出話をチョイスしたのが問題だったと思うんですけど、子供の小さい頃の様子をよく知っているのなんて親くらいじゃないですか。それに関しては僕たちの家族がちょっと特殊だったってだけなんですけど、タニガヤは焦った。なぜなら……」
「なぜなら……???」
「遺産は子供の数分、等分しないといけないからです。」
「つまり、智樹殿が息子であった場合、タニガヤと智樹殿で半分ずつもらうことになる。そうすると、タニガヤは、予想していた半分しかもらえなくなる……ということか。」
千代がまとめてくれた言葉に納得する。お母さんを手をかけてまで欲しかった遺産を半分にされるのは、きっとタニガヤさんにとっては耐えられないことだったのかもしれない。
「頭が回るタニガヤのことですから、きっと叔父さんに子供がいないことは養子縁組をする際、戸籍謄本をとって確認済みだったでしょう。これで全財産が自分のものになる、そう思っていた矢先、他人とは言いきれないトモキと名乗る男が登場した。」