蓬莱の玉の枝 拾漆
「分かりますか?この時系列、なんか変じゃないですか??いくらなんでも綺麗過ぎませんか?」
そうなのだ。物事がトントン拍子に進みすぎている。まるで奥さんが亡くなるのが必然だったみたいだ。首尾よく起こる出来事を口の中で呟いていると、智樹さんが恐ろしいことを口にした。
「養子縁組って、養親が結婚している場合、配偶者の承諾が必要らしいんです。」
「……!!!」
まさか……まさかまさかまさか
さっきの、私の「養子縁組について、認知症ではない奥さんをどうやって説得したのだろう」疑問の答えが示されようとしている。それはあまりに、残酷な答えだ。
「叔母さん、ヒートショックで亡くなったって言いましたよね。ヒートショックって知ってますか?寒暖差によって、血圧が激しく昇降して心臓などに負担がかかる症状なんですよ。高齢者の入浴時にありがちみたいなんです。」
智樹さんは、一旦、そこで言葉を止めたけれど分かってしまう。分かってしまった。
「タニガヤは考えたはずです。この家の財産を貰うためには、家族になる必要がある。手段は2つ。1つは結婚、もう1つは養子縁組。どちらにしても、妻である叔母さんが邪魔ですよね。」
恐らく、タニガヤさんは説得しようとは思わなかった。今の妻がいなくなってしまえば、亡くなってしまえば、2つのどちらでも実行できるからだ。
「叔母さんは、足が悪くて自分では入れないので、お風呂はいつも訪問介護の人が来ている時に手伝ってもらいながら入っていたようでした。そして、入浴の前後で命を落としました。
タニガヤは介護に携わっていました。ヒートショックを知らないはずがありません。逆に言えば、どうすればヒートショックが起こるのかよく知っていたでしょう。仮に、ですよ。これがタニガヤの意図的なものだったら……」
「いや……!でもそうだとしたら警察に捕まりまってますよ!!訪問介護サービス中に亡くなったなら、まずタニガヤさんを疑うんじゃないですか??」
万が一、タニガヤさんがお母さんを殺したなら司法が黙っちゃいない。しかし、智樹さんは静かに言った。
「ヒートショックって、まあ言ってしまえば不慮の事故じゃないですか。タニガヤがやったことは、ヒートショックが起きてもおかしくない状況を作り出すことだけだったんだと思います。お風呂の設定温度を上げるとか、脱衣所を冷やしておくとか、ね。あとは運悪く叔母さんが亡くなるのを待つだけです。偶然にも、叔母さんが亡くなったのはまだまだ寒さが厳しい2月でした。
日本の司法は「疑わしきは罰せず」です。タニガヤはあくまでヒートショックによって亡くなるということの確率を上げただけですし、何より証拠がありません。温度なんて、窓の開閉で調節出来ますから、救急車が来るまでに変えることが出来ます。だから警察がヤツを逮捕するのは難しいんです。」
あまりの内容に言葉を失ってしまった。つまり、タニガヤさんは知識を悪用し、自分が悪くならないようにお母さんを殺した…でも…
「でもこれらは、あくまで僕の予想なんで……」
余程酷い顔をしていたのだろうか。智樹さんは私を見るなりフォローを入れてくれた。確かにそうだ。出来すぎた予想に違いない。第一、お金のためにそんな事のために人を殺すなんて……
私がガクガクと頷くと、智樹さんは申し訳なさそうな顔で話を続ける。
「予想とはいえ、あまりに辻褄が合ってしまうものですから、この思い付きを否定したくて、色々調べていたら養子縁組のこととか、遺産相続のこととかが出てきました。そしたら、もう、そうとしか考えられなくなっちゃいました。叔母さんはタニガヤに殺された。タニガヤが沢田家の遺産を受け取るために……って。
そして、その1ヶ月後から僕は叔父さんの家に電話をかけ始めます。タニガヤは5ヶ月前から電話が来ていることを知っていたので、少なくとも僕が電話をかけ始めた時期には、既に同居していたものと分かります。」