蓬莱の玉の枝 拾弐
「確かにそうではあるが……」
沢田さんのお父さんのことを口にすると、千代の瞳は揺れた。
その揺れを逃すまいと、追い打ちをかける。
「千代も言ってたじゃん。あの家は異常だって。だったらそのおかしさを解明する必要があるよ。
特に何も無ければそれでいいけど、何かあってからじゃ、一生後悔が残るだけだよ。私はあの家のこと知りたいし、お父さんを助けたい。」
伝えたいことは伝えた。
しかしそこまで言うと、千代は天を仰いで考え込んでしまった。
だいぶ感情論に頼ってしまったから、安全面という至極当たり前のことを気にしている千代を納得させられたかは分からない。
数十秒後、千代はこちらを向き私の両肩に強く手を置いてこう言った。
「いつでも通報できるよう、携帯電話を持ちながら話すことと、結論がどうであれ、明日には偽物の麻衣に依頼の断りを入れること。
これらを守ってくれるのなら、吉住の奥方の家に行くことにしよう。」
おお、と吉住さんと智樹さんも喜びの声をあげる。
それでも大丈夫ですか?と2人に問いかけると、OKサインを出してくれた。
それじゃ、行きましょう、と言って吉住さんと智樹さんが先陣を切って案内をしてくれた。
千代を説得できた嬉しさから、ホクホクとした気持ちで歩いていたが、ふと気がかりなことができた。
あの場で、4人での話し合いに反対したのは千代一人。
必然的に悪者のような立場になってしまっていたのでは無いだろうか。
確かに千代は失礼なまでに警戒心をむき出しにしていたけれど、元々この子は私達の身の安全のことを思って行動してくれたのだ。
吉住さんの家に案内される道中、私は千代、と小声で呼びかけた。
「千代、ありがとう。千代が安全の為に考えてくれたのは伝わってるよ。
私はすぐに人を信頼しちゃう癖があるから、千代がいてくれて良かった!このことは絶対解決しようね!」
ささっと耳打ちで感謝を伝えると、千代は一瞬ビックリしたような顔をした。そして、頬を少し染めながら早口でこう言った。
「そういう風に、自分のことを褒められたのは初めてだ。そうだな……たしかにそうとは人をすぐに信頼するから見ててハラハラするぞ!」
照れているにしても、ちょっと上から目線で気に食わない。すかさず言い返す。
「私にも問題はあるけど、千代も大概だよねー。いくらなんでも警戒心強すぎるし、私たち、真逆だね。」
してやったり。やはり言われっぱなしでは悔しい。
すると、千代は少し考えたあとくるりとこちらに首を向けた。
「つまり、お互いの短所を打ち消しあって、ちょうどよい塩梅で行動が出来ているということか……もしや、まろ達かなり相性がいいのではないだろうか?」
「えっ」
真剣な顔でそんなことを言い出すものだから、思わず吹き出してしまった。
「千代、そういうのはあんまり軽々しく言わない方がいいんだよ。」
相性がいいのでは、なんて、恋愛漫画で2人の同居が始まる直前の展開で発せられる言葉だ。
既に同居しているからなんとも言えないが。
「そういうものなのか??でも、まろは本当にそう思ったのだ!!こんなことは初めてだ!!」
こいつは、極上の顔をぶら下げてこういうことを真剣に言うから怖い。
それに、この発言には恋愛的な意味は特に含まれていないのだろう。
千代に恋愛教育をしなかった親が悪いまである。
ぺちゃぺちゃと何かしゃべっているけど、なにはともあれ、信頼は少しずつ得られているようで安心する。
無意識に恋愛展開に引っ張られている千代に憐れみの目を向けながら歩いているといつの間にか到着していたようだった。
さっきまでの空気がピシリと変わる。
そうだ、私達は沢田家の真実を知りに来たんだ。
吉住さんが同席しているとはいえ、安全とは言いきれない。
あくまで警戒することは忘れず、話を擦り合わせていかねば。
千代と目を合わせ小さく頷く。
私達は、吉住さんと智樹さんの後に続いて家の中へ入っていった。