蓬莱の玉の枝 仇
いつも通り、居間に通してもらった。
そして、昨日に引き続き、通話の記録を確認して、麻衣さんのメモを見返す。
だけど、やっぱり何も思いつかない。
麻衣さんは、何も案が出せない私たちを気遣って世間話をしてくれる始末だ。
「……やっぱり手がかりが少なすぎますよね……無理を言ってすみません……」
そして、話の合間に謝罪をされてしまう。
どうしたものか……と腕を組んでいると、扉の向こうから、誰かの足音が近付いてきた。
「麻衣、麻衣、」
「あ!お父さん!!」
麻衣さんが扉を開けた先には、70はとうに過ぎているであろうおじいさんが立っていた。
若林さんと違って、本当に「おじいさん」、という言葉がしっくりくる風貌だ。
「も〜今はお客さんが来てるんだから、あんまり歩き回らないでって言ってるじゃないの!」
麻衣さんはぷりぷりとおじいさんを叱っている。
しかし、お説教をされている時もニコニコと話を聞いている。登場したその時からずっと笑顔のままなのだ。
こんにちは、と挨拶したはいいものの、どうしたらいいか分からず固まっている私たちに、麻衣さんが気を利かせてくれた。
「こちらは、私の父の沢田勝次です。」
改めて、お邪魔していますと千代と一緒に頭を下げて挨拶をする。
すると、ニコニコしたまま、居間に入ってきた。
ヒョコヒョコと左足に力を入れないように歩いている。もしかしたら、足が悪いのかもしれない。
お父さんをじっと見つめていると、麻衣さんがちょいちょいと手招きをしてきた。
「実は父、認知症なんです。だから、言動がおかしくてもどうか気にしないでください……」
なるほど。そう言われると、何故かずっとニコニコしているのも、麻衣さんの説教に言い返さないのも合点がいく。
いえいえ、と返事をして元の位置に戻る。
しかし、沢田父が登場したからといって、特に進展がある訳ではなかった。
お父さんと智樹さんの会話内容は全部録音してあるわけだし、沢田父に話を聞くまでもないからだ。
ふと、全部録音、という言葉に引っ掛かりを覚える。
「麻衣さん、このメモでは、たまにではありますがお昼にも電話がかかってきていますよね?
ここ3日間、お昼頃に私達を迎えに来る時の録音が出来ていないんじゃないですか?それはいいんですか?もっとも、かかってきていないかもしれないけど……」
5か月前から、いつかかってきても毎回録音しているにしては、ここ3日間家を空ける時間が長いような気がした。
電話は固定電話だし、家にいないことにはかかってきていることに気が付けないだろう。
すると、麻衣さんは微笑みながらこう言った。
「録音を何度聞いても居場所に繋がりそうな情報は無いじゃないですか。だから、録音自体、あまり意味無いのかなって最近思えてきて……」
確かに筋は通っている。
でも、なんだろう……諦めが良すぎるような……まるで目的が変わったみたいだ。
なるほど……?と麻衣さんの言葉に相槌を打っていると歩き回っていた沢田父がピタリと止まった。
並べられた骨董品の前で足を止め、じっと何かを見つめている。
「お父さんまたそれ見てるの??」
「それ??」
私達も近付いて確認してみる。
「これは……見事な硝子細工であるな……」
私が感嘆の声をあげるよりも前に千代が反応した。
それは、木の枝の先をポキリと折り取ったようなガラス細工だった。
枝の先には、木の実のように、艶やかな色のガラス玉が付いている。
見たことのある形状なのに、それがガラスで美しく造られていることで、なんとも幻想的な作品になっている。
近付き過ぎないように気をつけながら魅入っているとお父さんが初めて口を開いた。
「……蓬莱の……玉の枝……っちゅうやつだよ……」
「えっ!」
お父さんの発言に麻衣さんが驚く。
「そんな名前だったんだ!初めて商品名聞いたな……」
麻衣さんも初耳のようだ。
蓬莱の玉の枝といえば、竹取物語でかぐや姫が求婚者に課した難題の一つだ。
蓬莱という、遥か遠い仙山の中に生えているという木の枝。
蓬莱の玉の枝は、幻の宝物だから、どのような姿形をしていたか定かではないけれど、これがそうだよと言われても十分納得してしまうほど、完成度が高い。
じっくりと見つめていると、お父さんは嬉しそうに呟いた。
「麻衣、これはね、本当に、大切な……宝物。」
余程思い入れのあるものなんだろう。
間違っても割らないように、私達はゆっくりとガラス細工から離れた。
そして、またまた終わりの見えない長考に3人で頭を悩ませる。
もうじきこの件は断った方がいいのかもしれないなんて思ってしまう。変に長引かせて期待させる方が申し訳ない。
ふと、お父さんの方を見ると、今度は居間の端の方で、また同じように立ち尽くしていた。