蓬莱の玉の枝 陸
「あ……!お待ちしていました!!」
次の日。私たちが例の森に行くと、既に麻衣さんは到着していたようだった。
森の入口で待っていればいいものを、麻衣さんは昨日倒れていた辺りでしゃがんでいた。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
「あの、集合場所、森の入口とかで大丈夫ですよ!」
毎回森の中腹に居させるのも申し訳なく、気を遣った提案をしたつもりだったが麻衣さんは首を振った。
「ここで大丈夫ですよ!ここに生えている花がかわいくてずっと見ていられるんです!」
麻衣さんはニコニコしながら花を眺めている。意外とおちゃめな人だ。しかし、麻衣さんが見つめていた淡いオレンジ色の花に見覚えがあった。
「あ、麻衣さん、この花、毒ありますよ。触るとかぶれちゃいます。」
えっ、と小さく声を上げ、さっと離れる麻衣さん。
「確か、茎から出る汁に毒があるはずでした。えーと名前は……」
「ナガミヒナゲシ。」
千代が助け舟を出してくれた。そういえば、そんな感じの名前だった気がする。
道端によく生えている花だが、元々は外来種で、驚異的な繁殖力を持つらしい。
それに、無毒のヒナゲシと似ている。
「こんなに可愛い花でも毒があるんですね……食べても毒になるんですかね??」
「それはどうなんでしょう……」
急な食いしん坊発言に苦笑いをしてしまった。やっぱり麻衣さんは不思議ちゃんだ。
「茎に毒の汁がある訳ですし、食べない方がいいと思いますよ……」
「そうですよね……」
何故か残念そうだ。
まさか、この森で倒れていたのって食べられそうな草花を漁っていたからなのか??興味に赴くままの兄と同じようなものを感じる。
「すみません!暑いですよね?!早く家に向かいましょう!」
パン、と手を叩いた麻衣さんは早歩きで家まで案内してくれた。昨日と少し違う行き方だけどやっぱり道は通らない。
「どうぞ!」
家にあげてもらう。昨日見た内装ではあるけれど、よく見ると居間以外にも、至る所に骨董品のようなものが飾られている。
骨董品の他の装飾はほとんどなく、美しいけれど、なんだか寂しい感じがした。これがわびさびというものなのだろうか。
居間に到着して、座らせていただく。すると麻衣さんは別の部屋に行ってしまった。何か取ってくるのかもしれない。
「ねぇ、なんか口数少なくない??」
別室なら声が漏れることはないだろうと思い、小声で千代に話しかけた。
この家に来ると千代はうんと大人しくなる。警戒してるからなんだろうけど、まるで借りてきた猫。
「いや、人との意思疎通ならそなたの方が得意だろう。それにまろ達は兄妹設定である故、そなたの名前が呼べぬ。迂闊に口は聞けん。」
至極当然の理由だった。私が『お兄ちゃん』という最強の語彙を奪ってしまったが為に、千代はどうすることも出来ないのだ。
ごめんよ、と呟くと同時に、お茶をお盆に乗せた麻衣さんが現れた。飲み物を用意してくれていたのか。
「お待たせしました!では、昨日の続きから……」
麻衣さんはそう言って、スマホを取りだした。
…………
「……うーん、やっぱり証拠になりそうな発言は無いですよね……」
5ヶ月分のデータを所々かいつまんで聞いてみたが、やはり結果は同じだ。
「これでは埒が明かぬな。」
千代が珍しく口を開いた。言い方が直球過ぎるけど、本当にその通りだ。他に手がかりがあればいいのだが無いなら仕方ない。
頭の中を一旦整理しよう。
沢田一家の息子の智樹さんが、5ヶ月前から毎日電話をかけてくる。内容は他愛もない話。でも、口調がオレオレ詐欺電話のよう……
「あっ。内容に手がかりは無いけど、1つ見えてくるものがありますね!」
「えっ!なんでしょう???」
「智樹さん、金銭の要求は一切していないですよね?5ヶ月の間で一度も。つまり、智樹さんの目的はお金ではなくて別の何か。」
はぁ、と頷く麻衣さん。そんなに驚いている様子もないからこの位のことには気がついていたのだろうか?
「で、お金じゃないってなると、もしかしたらお父さんとコミュニケーションをとることが目的なんじゃないかなって。」
麻衣さんは弟と随分会っていない、と言っていた。つまり、実家を出てから長い期間帰っていないのだろう。
でも、親が歳を重ねるにつれ、老い先の短さを感じて会いたくなった。けれど会っていない期間があけばあくほど照れくささは増すもの。だから、せめて電話でコミュニケーションを取ろうとした。
私の想像の話ではあるけれど、目的がお金ではない、長い間帰っていない、高頻度で電話をかけてくる、という要素が揃えば考えられることなんてこのくらいな気がする。
「目的が沢田殿との意思疎通であるとして、肝心の弟君の居場所は分からぬな。」
千代の発言にハッとする。そうだ、麻衣さんの頼み事は目的解明ではなくて居場所の特定だった。千代にやんわりと軌道修正されるとは……さすが兄役だ。
またしばらく沈黙が続く。すると、麻衣さんが思い出したように立ち上がって部屋を出て行ってしまった。