蓬莱の玉の枝 弐
「往復が徒歩なのは、なかなかの重労働だな…」
小麦粉を買った帰り道、お揃いのような半袖短パン姿の千代と私は項垂れながら歩いている。
「自転車に2人乗りは危ないからね……しょうがないよ。」
「それもそうだな……」
店まで着いてきてもらいたかったのは小麦粉や片栗粉の見分けがつかないから、と行きの途中で言われたが、千代は文字を読める。
多分、自分では自転車に乗れないから、私に乗せてもらおうと思ったのだろう。しかし、危ないものは危ないのできちんと断った。
2人でポツポツ会話をしながら足を進めるが、このままでは家に着くまであと20分は歩かなければならない。
ふと右の方を見る。大通りからは外れるが、木々に囲まれていて影のある涼しい道だ。ここからでも家には帰れる。
「千代。こっちの道から帰らない?影がいっぱいあって涼しいよ!」
「本当か……!!そちらの道から帰ろう!!」
涼しい、というワードに反応したのか大賛成を得られたので私たちは、それた道に入った。
ここは普段人があまり通らない道だ。なんでも、毒を持った草花が咲いているらしい。中には、触っただけでもかぶれる種類もあるため、人はあまり通りたがらない。
でも背に腹は変えられない。それに、昔からここで育ってきた私は、兄ほどではないが毒のある草花は見分けることができるし、千代も最近兄から学んでいるので避けて通れば大丈夫だろう。
「千代、この辺触ったらかぶれる草が生えてるらしいから気をつけてね。」
「かぶれる……ということはウルシか??ヒガンバナとかの可能性も……」
「いや、細かい種類までは分かんないけど気をつけてねって話。」
植物の話を始めたのがよくなかった。両脇に生い茂る植物を見ては名前を叫ぶ千代を横目にため息が止まらない。
人の通りたがらない道ではあるが、人が歩けるくらいの幅はある。触りにいこうと思わなければ毒持ちの草花にうっかり触れることもなさそうだ。
2人で歩き始めて少し経ったとき、千代が不意に立ち止まった。
「そうと…右の方の、あの木の辺りに何かあるぞ?人が倒れているのではないだろうか……!!」
「えっ、嘘!!」
千代が指さす方向を見ると、確かに薄暗い木々の間に、何かが横たわっているのが見える。
「熱中症かも……助けに行こう!!」
「待て!まだ人と決まった訳では!!」
千代の返事も待たず、私は一目散に飛び出す。道からそれた森の中だから、草は生え放題で足にチクチク刺さるが関係ない。
「大丈夫ですか!!!」
近づいてみると、それは女の人だった。20代後半くらいだろうか?周りにはこの人の荷物と思われるバッグやスコップが散らばっている。それに、顔色が良くない。
熱中症だったら顔は赤くなるものだけど、この人の顔色は青いに近い。でもそんなことより、まずは意識があるかの確認だ。肩を軽く揺らし、声をかけ続ける。
「……あ……すみません……ちょっと疲れてしまいまして……」
女の人は瞼を開け、ゆっくりと上体を起こした。心臓が止まっていたわけでは無さそうだ。だが、まだ安心は出来ない。
「あの!これ飲んでください!!」
私は持ってきたペットボトルを渡す。まだ飲んでいないから大丈夫だろう。
「そ……!!こら!!確認も無しに物陰に近づくのは危ないであろう!!もしもイノシシやクマであったらどうするつもりだったのだ!!」
女の人の意識があり、渡されたペットボトルを飲み始めたのを確認すると、千代が私を叱りつけてきた。
「その時はその時だよ!!逃げるに決まってんじゃん!!」
「イノシシやクマは人間より余程速く走ることが出来るのだぞ!!追いつかれて、一巻の終わりだ!ケガではすまない!!」
「でも、私たちがトロトロしてたら助からなかったかもしれないよ?!心肺蘇生ってのは一分一秒が生死を分けるんだよ!!」
「それはそうかもしれないが……心配だったのだ!!!」
「あの……ごめんなさい、私本当に横になって休んでいただけなんです。」
不毛な言い争いをしていると、女の人が申し訳なさそうに仲裁してくれた。
確かに女の人の顔色は悪い様に見えるが、どちらかと言うと色白な人の肌だ。先入観で、体調不良の顔面蒼白に見えてしまったのかもしれない。
「あ、そうなんですか!とにかく無事で良かったです!でもどうしてこんな場所で横になっていたんですか?」
「ああ……えーと……」
女の人はちょっと困ったような顔をしている。言葉に詰まっている感じだ。言いたくないのかもしれないと思い訂正しようとすると、千代が口を挟んできた。
「ここは安全とは言えないらしい。現にそなたの右腕、赤く腫れているであろう。」
千代が指を指した女の人の腕は確かに少し赤く腫れている。
「あ、ほんとですね……」
「毒のある草に触れてしまったのであろう。早めに帰って処置した方がよいぞ。」
さっきまで噛み付くような口調だった千代がまともなことを言っている。切り替えの速さに感心していると、女の人が右腕を見つめながら私たちに提案した。