仏の御石の鉢 拾
「まず、本当に骨董品を好んで買っている方なら、いくら夫の提案であっても、芸術品であり自分のコレクションでもあるものを土に触れさせようなんてしないはずです。
鉢、と書いてあったとしてもそれはあくまで商品名であって実際に使ってくださいね、という訳では無いですし。」
前からわかっていたことではあるが、奥さんはコレクターではない。そうなると何かに使いたかったから買ったということになる。
「奥さんは『鉢』という単語に惹かれてこれを買ったのではないでしょうか。園芸は大造さんの趣味ですからね。」
若林さんがハッとした表情を浮かべる。それを見た奥さんは慌てて反論してきた。
「不思議な力に惹かれて買った可能性は考えないの??」
「不思議な力……スピリチュアルに惹かれて買ったなら尚更触らせないでしょう。触ると力が半減すると説明に書いてありますから。
そこに重きを置いているひとなら、布1枚であっても触らせるのを嫌がると、私は思います。」
私の発言に、奥さんは唸ってまた黙ってしまった。
今度は若林さんが質問を投げてきた。
「想音ちゃんが言っていたことが正しいとすると、僕にかまってもらうために園芸を始めようと思って鉢植えを買ったってことだよね?
そしたら、どうして最初は、触るななんて言ってたんだろう。触らないことには栽培は始まらないじゃないか。」
思ったことを質問している風だが、前半、何だかちょっと嬉しそうだ。
「それが、最初に若林さんが予測していたことに繋がるんです。偽物なんじゃないかと気付いてしまった。好きな人に振り向いてもらう為に買ったものが偽物だった。隠そうとしますよ。」
そう、この謎の真相はバカップル夫婦のツンデレ大会だったのだ。
とうとう諦めたのか、せきをきったように奥さんが話し始めた。
「だって、私は大造さん、って呼んでるのに、大造さんは私のことお母さんって呼ぶじゃない!私は大造さんの妻なのに、子供が生まれてから名前で呼んでくれなくなった……」
私は名前で呼び合うなんて素敵な夫婦だ、と思ったけど、よく考えてみたら名前呼びしていたのは奥さんの方だけだった。
「それに、昔はしょうがないなって思ってたよ。私は子育てでいっぱいいっぱいだったし、大造さんも仕事で忙しかったから。
だから老後は一緒に過ごせるかなって思ってたのに、毎日どこかへ出かけて行って、私は家で一人ぼっち。」
奥さんの言葉を聞いた若林さんの緩んでいた頬が引きつっていく。
おそらく気付いていなかったんだろう。妻を愛していることは伝わっていると思っていたけど、実際のところは全く伝わっていないどころか、傷つけてしまっている。
「私は大造さんと一緒に居たくて結婚したし、今でもその気持ちは変わらないけど、大造さんの気持ちは分からない。でも諦める踏ん切りはつかないから共通の趣味でもあればいいなって思ったの。」
「ではどうして一緒に園芸しよう、と誘わなかったのだ?道具を揃えて見えるところに置いておくだけでは無意味であろう?」
今まで黙って聞いていた千代が、奥さんに質問した。こいつは分かっていない、そこは1番奥さんが言葉にしたくないところだ。だから、あえてそこは避けていたのに。
千代を肘で小突き、あとで説明するから、と口を空振らせる。宇宙人に乙女心も教えないといけないなんて……
私たちがゴソゴソやっている間に、いつの間にか若林さんは奥さんの目の前に来ていた。
「ごめん……僕はてっきり……いや、言い訳になっちゃうね。僕は君からのサインを何回も何回も見落とし続けていたんだね。自分のことを愛妻家だなんて思っていたけど、君を悲しませてたバカな夫だった。」
「その……私も意固地になってごめんなさい……ワガママだって分かっていたけど、どうしても悲しくって……それに、あの子の言う通り自分の口から伝えれば良かったのに。察して欲しいとしか思ってなかった私は馬鹿だった。」
どうやら、仲直りは出来たようだ。もっともケンカしていたわけではないけれど。
奥さんは長い期間、若林さん……大造さんを支え、邪魔にならないように振舞ってきた。夫に息子に愛を注いできた。しかしちょっと疲れてしまったのかもしれない。
今更甘え方なんて分からなかった。だから、どうにかして気を引きたかったんだろう。
顔を赤くしながら和解をする2人。何がすごいってこれが70代の夫婦の間で行われていることだ。
10代の私なんかより甘酸っぱい恋をしている。それとも熟した愛なのだろうか。私にはあんまり分からない。
まあ、丸く収まったから良かったけど、私にはまだひとつやり残したことがある。




