仏の御石の鉢 捌
「若林殿は無事であろうか……」
提案から3日経った夕方、私たちは2人で積家の花壇を手入れしている。
「ちょっと、物騒なこと言わないでよ。」
千代の発言を咎めてはするが、実際私もかなり心配している。
3日間、若林さんがうちに姿を現していないからだ。
今までは毎日のように顔を出していた。
まさか、計画が失敗したとしても奥さんに手にかけられるなんてことはないだろうと思いつつ、パタリと見なくなると、さすがに不安も湧いてくる。
若林さんの家までの道はハッキリとは覚えていないから確かめに訪問することも出来ない。
とにかく、便りがないのはいい便り、と思うことしか出来ない。
目の前の花壇に意識を戻す。毎日手入れをしていても、雑草はチョンチョンと生えてくるものだから面白い。
ぷちぷちとちび雑草を抜いていると隣で花を撫でている千代が話しかけてくる。
「進捗も知ることが出来ないのはなかなかむず痒い。せめて許可が下りたのかどうかだけでも知ることが叶えばな……」
「そうだね……塩水っていうのも許してもらえたかどうか分からないもんね。」
計画の中で私は若林さんに、一緒に育てようと提案すること、という条件を付けた。
塩水を与える違和感をなくすため、という説明をしているけれど、実際は2人で園芸をしてもらう為だ。
奥さんひとりで育てるとなると、塩水での栽培はうんと難しくなる。農業知識のない人間が栽培を始めようと思った時、塩水なんて与えようと思わない。
農業知識に長けている若林さんと栽培することになれば、伝えられたアドバイスには従うだろう、という完璧な言い訳を添えると、若林さんは大いに納得してくれた。
実際、トマトなんかは塩水で育てると美味しくなるらしい。千代が教えてくれたことだ。
でも本当は、果が大きくなる時期に与えなければいけないらしいが、細かいことにこだわっていられない。
「上手くいってるといいんだけどね……」
天を仰いで田舎の空を見上げる。優しい青さを全身に浴びている感覚だ。すうっと目を閉じると遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる。
「おーーい!!」
「ん?この声……」
慌てて目を開けると、息を切らしながら走ってくる若林さんが見えた。
「若林殿!!3日間も姿をくらましおって!!心配したのだぞ!!」
若林さんが着くなり千代がきゃんきゃん吠える。私もそうしたい気持ちは山々だけど、あんなに急いで向かってきたということは何かがあったのだろう。
「若林さん、何かあったんですか……??」
「うん。多分なんだけど、メッキが剥がれて来たかもしれない……」
ということは、奥さんに金の鉢での栽培許可はおりたということだ。
「おお!!」
若林さんの言葉に、私たち二人は顔を見合せる。
もっとも、私は違う意味でしめたと思っているが……
「あの、私たちが若林さんの家にまたお伺いすることって出来ますか?」
「勿論だよ!!それをお願いしに、慌てて来たところなんだ!!」
乗り込みの許可が下りた。予想外のことはあったがこれで材料は揃ったはずだ。
「じゃあ、今から急いで向かいましょう!」
「そうと……何か隠しているのか……??」
威勢のいい私からまた何かを感じとったのか、千代がまた不安そうな顔で私を見ている。勘の良さが異常だ。
本当は千代になら私の考えを話しても良かったけれど、完全にタイミングを無くしてしまった。後で話そうと心に決め、いいからいいからと千代をなだめ若林さん宅に出発する準備を整えることにした。
私は、家の中に戻り自分の部屋を漁る。何段も引き出しを開け、とうとう見つけた。小学校の時の理科で使ったU字型磁石。
必要なものを何個かバッグに放り込み、私は勢いよく家を出た。