竹取の若人 弍
夏の夕方は明るい。
地球の自転軸が傾いていることが原因らしいけど、その傾きでここまで季節の日照時間に差が出るのはすごく不思議で神秘的だと思う。
希美と別れてからの道中、歩いてはたまに立ち止まる。野球の審判の様な体勢で下を向き、滴り落ちた汗が一瞬にして蒸発するのを見る。
影になる高さの建物もないこの町に生まれてちょうど16年。私、積 想音は、高校は電車に乗るのが億劫で地元の学校を選んだ。
10年踏み慣らしたこの道は夏は灼熱冬は極寒。見渡す限り田んぼしかない田舎故に日陰で休むことも出来ないし、風よけもないので風に煽られっぱなしだ。
だからいつもは自転車で登校しているが、今日は寝坊をして親に車で学校まで送ってもらったので帰りは歩きだ。30分くらいの道のりだが、帰宅部が受けていい日射量はとうに超えている。
前かがみになり頭の位置を低くすることで、できるだけ太陽から遠かろうとする技を小学生の時に編み出し、夏季登下校でよくやっていた。
思いついた時は、なんという発見をしてしまったんだと感動していたが、今実践してみると道路からの熱にやられるので本当に意味がない。
熱気が立ち込める地面を見つめる。田舎の道路は、土かボロボロのアスファルトの細々とした繋がりで成り立っている。
2、3年に1度、行政がアスファルトを新しく敷いてくれるが、地形にあっていないのか雨で流されてしまっているのか、1年も立たないうちにホロホロと崩れてしまう。
どんなに取り繕っても根にあるものをどうにかしないとボロは出てしまう。アスファルトを敷く場所を変えるか、壊れないように改良するかすればいいのに、とお節介なガキんちょは思う。
頭の方に血が上り、鼻の奥がツンツンしてきたのを機に、パシりと膝を叩いて体勢を持ち直す。頭をあげると、生ぬるい頭皮の汗が首をつたい、一気にシャツに流れ込む。
(とっとと笹をとって家に帰って風呂に入ろう)
足早に一本道を通り抜け、自宅に一旦帰った。
永遠に続く田園の中にポツリポツリと家宅があり、その中でも新しめなのが私の家だ。《積》と書かれた表札を横目に、門を通り抜ける。
これも田舎ならではだが、所有地が無駄に広い。これは代々受け継がれていることや、そもそもの地価が安いことなどが起因している。
さびれた草刈り用の鎌を自転車のカゴに入れ、おかえりーと声を掛けてきた兄を尻目に、自転車で近所の竹林に向かう。
竹を刈り取るにあたって、私は仲良しの地主さんの元に向かうことにした。町全体で横の繋がりが強いのは田舎ではよくあることだ。地主さんはすごくいい人で、昔からよくタケノコ狩りをさせてもらっていた。
勿論、いくら仲がいいからと言って勝手に竹を刈り取って行くのは犯罪行為だ。きちんと許可をとる必要がある。頼んできた希美は空き地とは無縁の都会育ちだからその辺はあまり知らないのかもしれない。
無心でペダルを漕ぎ続け、目的の竹林に着いた。地主さんを探す。地主さんの土地は管理がきちんと行き届いているので視界がいい。
探し始めてものの数分で地主さんらしき人影を見つけた。大抵この時間はこの辺りで犬の散歩をしているのだ。
「おぉ、想音じゃないか。久しぶりだね。」
「お久しぶりです!」
地主さんはフワフワのポメラニアンを抱き上げ笑顔で応えてくれた。サマーカットのポメラニアンはこの田舎町に似合わず洒落ている。
地主さんに会って話すのは実に数年ぶりだったこともありつい話に花が咲いてしまったが、竹林の使用許可を出してくれた。
「大きい竹は持って入れないだろうし1人で切るのは危ないから生えかけの小さいのにするといいよ。怪我しないように気をつけてね。」
行ってらっしゃいと見送ってくれた地主さんと犬を後に、小学生ぶりの竹林に足を踏み入れた。足の裏全体をサクサクと刺されるような懐かしい感覚が広がる。
入れば入るほど奥の方からのスラリとした冷気がこちら側に伝わってくる。まるで誘われているかのようだ。
その誘いを逃さぬよう、私は竹林の奥地へと足を進めた。