仏の御石の鉢 陸
若林さん宅に急いで戻ると、若林さんはまだ家の外にいた。どうやら、家の周りの花の手入れをしているようだ。
「若林さーん!!」
「え?!想音ちゃん、千代君どうしたの?」
別れたかと思えば、数分後に戻ってきた私たちに驚く若林さん。当然だ。
「あの!奥さんを納得させられる方法を思いついたかもしれません!!」
「え!!本当にかい??早くない?!」
若林さんはソワソワと手袋を外し、ポケットにしまった。聞いてもらえそうだ。
私は思いついたことを説明するために、若林さんの家から少し離れた公園まで移動することを提案する。
「そうと、どういうことなんだ?何をどう思いついたのか説明して欲しい。」
千代は不安そうな声色で小突いてくる。また良からぬことを言い出すのでは無いのではないかとでも言いたげだ。なんだか今は千代が保護者みたいだ。
「分かってるよー、移動したらね。」
興味津々な若林さんと、訝しげな千代を引き連れ移動する最中、私は頭の中でもう一度考えをまとめる。
本当のことを言えば、今から2人に提案することは、私が行き着いた可能性を確信に変えるための手段であり、カモフラージュに過ぎない。
鉢植え事件の原因を明らかにして、夫婦の間にあるわだかまりを解消するための根本的な治療を施す、その為にまずは、若林さん自身を行動させなければならない。
建前の目的は、「奥さんに壺が偽物であることを認識させること」 条件は、「接触しないこと」
認識には五感を使う。
触覚、味覚は人間の肌での接触を伴うから使えない。
嗅覚は、千代のように元々偽物と本物の違いを知っている人でないと難しい。それに嗅覚は特に人によって感じ方がまちまちだ。
残るのは、聴覚と視覚。
聴覚については、肌による接触はしなくても、何かで叩けば音を鳴らすことは可能だ。しかし、鳴らした音から本物と偽物を見分ける方法など聞いたことがない。だから除外だ。
つまり、私たちは視覚によって偽物であることを示せればいいということになる。
昨日若林さんに借りて、読み終わった化学系ミステリーに、「金属は種類によって反応する液体が異なる」と書いてあった。
特に、金は基本的には何を加えても変化が起きない。ただ、王水という濃塩酸と濃硝酸の混合液には溶けるらしい。
この性質を利用する、と言って王水以外のものを使って壺に化学変化を起こそう、というのが私の建前の提案だ。
ここまで考えたところで、ちょうど公園に到着した。
私は2人にこの考えを一通り説明した。すると、予想通りの反論が千代から飛んできた。
「確かに、見た目の変化で示すのは良い案だと思うが触れるなと言われたはずだ。手で触らなければいいという問題では無いだろう?」
「そうだよ。手で触らなければ壺に怪しい液体をかけてもいい、なんてことはないと思ってる。だから気付かれないように触れさせるの。」
「若林殿の奥方は、見張り番のように壺の傍にいるのだぞ。どのようにするのだ??」
「……あの壺で植物を育ててみないかって提案するの。」
やっぱり私の発言に千代も若林さんも首をコテンと傾けてしまった。さすがに飛躍しすぎたかもしれないと思い、説明を付け足す。
「まず、植物の飼育を提案する理由なんだけど、ポイントは、植物本体じゃなくって育てる時に使う水なの。
植物を育てるには水を与える必要がある。種から育てることになると、最初から結構な量が必要だよね?」
千代がうんうんと頷く。
「水はどうしたって土から染み出る。つまり、育てるのに使っている容器に触れる。」
触れる、という言葉に千代がハッとする。
「その水を、触れさせたい液体にすり替えるなり、水自体に物質を溶かすなりして、化学変化?とやらを起こすということか。」
「そういうこと。」
納得しかけた顔をするが、またすぐに質問をしてきた。
「いくつか問題点が残っているように感じる。
まず何を混ぜるのだ?さっきそうとは、『金属は種類によって反応する液体が異なる』と言っていた。
つまり、あの壺に変化をもたらす性質を持った液体をかけなければならぬ。毒性や刺激が強いものになるのではないか?そんなものが手に入るのか?」
「それに関しては大丈夫。あの壺に使われている金属には心当たりがあるから。ですよね、若林さん?」
私が質問すると若林さんは右上を見ながら答える。
「うん……金メッキだよね……?」
金メッキ。金とは異なる物質の上に薄い金の膜を貼り付けたもの。きらびやかな仕上がりだが安価な為、幅広く使われる。
現代人からすると常識だが、千代は異星人だから知らなくてもしょうがない。
「金メッキっていうのは、金みたいな装飾をしたい時によく使われるものなの。でも純金とは違って傷みやすいんだ。
たとえば、皮脂とか汗に触れると変色しちゃう。水気の多いところに放置しておいても変色しちゃう。」
たとえば、から後ろの説明は読んだ小説から丸々お借りした知識だ。本当は変色には数年かかることは隠しておく。しかし、あまり詳しくない千代はへーという反応を見せてくれた。
「若林さん、奥さんが壺の購入に使ったサイトって覚えてますか?」
「うん!昨日の夜もう1回確認してみたんだ。」
私のスマホを差し出すと、若林さんはポチポチと文字を打ってサイトの画面を開いてくれた。
3人で見てみる。オークションではなく、業者が販売のために設けているサイトの為、質素であるが上品な作りになっている。
少しスクロールすると、見覚えのある商品が出てきた。
「あ!これだ!そうそう、『仏の御石の鉢』!!」
タップして商品説明を見る。