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仏の御石の鉢 伍

仏の御石の鉢 伍 改

「こういう感じで、ダイニングからも丸見えなんだ。お茶を入れに行っている今も、会話は聞こえていないかもだけど、何をしているかくらいは筒抜け状態。これでも千代君は判別出来る??」



ダイニングの方をチラリと見ると、私たちの紅茶を入れてくれている奥さんが見える。確かに、行動は丸見えで持ち出すことは難しそうだ。いい人そうではあるが、触って欲しくないのは本当なんだろう。



「可能だ。少し近寄っても問題ないか?」



「触らなければ多分大丈夫だと思うよ……」



「それでは失礼。」



千代は壺の方に歩き出した。あと1mほどで手が届くくらいの距離まで詰め、じっと壺を見つめたあと、すうっと戻ってきた。



「確認したぞ。」



「え?!もう??」



「左様だ。あれは紛い物だ。」



「え?!いや、予想通りなんだけど、どうやって調べたの??」



目を白黒させる若林さんと私。もっと特別なことをすると思っていただけに、千代のあまりにもあっさりした作業に驚く。



「匂いだ。」



「「匂い??」」



千代が自分の鼻を指差す。



「本物の金ならば匂いがしないはずだ。しかし、この壺からは嫌な匂いがする。まろの家にも金製品はあったが、こんな匂いはしなかった。」



なるほど。千代はお金持ちの家に生まれているから高級な物に囲まれて育ったんだろう。見分けもつくはずだ。その判断基準のひとつが匂いだったというわけか。



「でも壺からはかなり離れていたよね?千代君は鼻が利くんだね。」



若林さんが感心したように言うと、千代は少し得意げに胸を張った。そういえば千代は嗅覚が敏感だった。



ちょうどそのタイミングで若林さんの奥さんが紅茶を入れて戻ってきた。千代が小声で、アールグレイ!と呟いた。細かい種類はともかくいい香りだ。



「どうぞ。大造さんも、どうぞ。」



「あ、ああ……ありがとう!!」



大造……若林さんの名前か!名前で呼ぶなんて、なんて愛のある夫婦なんだろうと思い羨ましくなる。



ズズズと無言で紅茶をすする時間、やはり壺に目がいってしまう。



背丈は500mlのペットボトルくらいだろうか。壺と聞かされていただけにくびれたものを想像していたが、形状は何だかおわんみたいだ。



その視線に気が付いたのか、若林さんの奥さんが声をかけてきた。



「あの鉢が気になるの?」



「鉢……?」



「そう、鉢。鉢植えの。」



鉢植え……てっきり壺だと思っていた。いや、私からすると、壺も鉢も対して変わらないが……



「いやぁ…なんかどういうものなのかなぁって思いまして……」



「あれはね、仏の御石の鉢って言うの。幸運を呼ぶ鉢なの。ちょっとお値段は張ったんだけどね。ちなみに、本体に触ってしまったら効果が全部消えてしまうの。だから素手で触っちゃだめだからね?

はい、鉢植えの話はこれくらいね。」



「は、はい……」



まるでセリフを読み上げるかのような説明をする奥さんの様子を見て、なんとなく彼女の気持ちが汲み取れた。



おそらく、偽物だというとこにはきづいているんだろう。しかし間違いを認めたくない、そして夫である若林さんに知られたくない、という思いが強いのかもしれない。



奥さんも若林さんを愛しているのは同じだ。奥さんの左手にも若林さんと同じ光がある。



愛しているからこそバレたくない、バレたとして自分から言い出せない。でも、愛しているんだとしたらどうして黙って高額な物を買ったんだろう……



ここで私たちが2人の緩衝材となれればよかったが、奥さんの発言は、この鉢についての言及を抑止していたようで、結局3人はそれ以上何も聞き出せなかった。



「ごめんね、あんな風だからなかなか解決策が浮かばなくってね。」



帰り際、若林さんが申し訳なさそうに頭を搔く。昨日から何回この仕草を見ただろうか。



「いや、若林殿が謝ることではないぞ!まろもあの置物が偽であることは見抜けたが、それ以上の役に立てなかったからな。」



「いやいや、そんなことないよ!千代君のおかげで偽物だって分かったし!」



2人の会話を聞いてうっと唸りたくなる。実際のところ1番役に立っていないのは私なのだから。見せてもらおうと思っていた本棚も、役に立っていないのが申し訳なくて辞退した。



「うちの様子はこんな感じだよ。解決策があればぜひ僕に伝えてね。まあ、時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれないけど……」



気をつけてね、と送り出してくれた若林さんに一礼をして、2人で家路についた。勿論、2人での話題は壺と奥さんについてだ。



「そうと、奥方は偽物を認めたくないというよりむしろ、若林殿に勘づかれたくない、という心情に見えたぞ。」



「やっぱりそうだよね……うーん難しいよね、絶対若林さんの力になりたいんだけど、あんなに壺へのガードが固くちゃどうしようも無い……」



「鉢植えであろう??せめて、手で触れなくとも偽物であることを証明出来ればな……奥方自身が認められないと意味がないからな。まろの嗅覚を分けるわけにもいかぬし……」



若林さんの奥さんが自分は偽物を買ってしまったという現実から目を背けているのなら、動かぬ証拠を突きつけられればいい。



だけど、私の予測が正しければ、奥さんは何かの目的であの高額な鉢植えを買った。だけどその鉢植えが偽物だと勘付き、若林さんにバレないようにしている。何が目的だったんだろう。



私は2人の会話を思い出す。多趣味な若林さんと無趣味な奥さん。仕事一筋だった若林さんと子育てにかかりきりだった奥さん。そのふたりが愛し合っている……



立ち止まって考え込む私を、心配そうに覗き込んでくる千代。その瞬間、ある可能性が頭に浮かんだ。



「千代!もう1回若林さんちに戻るよ!!!」



「え?え?!」



千代の腕を掴み、私は全力で若林さんの家に向かって走り出した。


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