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仏の御石の鉢 肆

「想音ちゃん〜千代君〜」



「「こんにちはー」」



本当にこの人は70代なのか?と疑いたくなるくらい元気な様子で若林さんはうちの畑にやってきた。



時刻は4:30。急いで学校から帰ってきたものの、やはりこの時間が限界だ。ついさっきまで、自転車を全力で漕いでいたことで息があがってしまっていて恥ずかしい。



千代は一日中暇なので、特に変わった様子はない。ただただ今日も美しいだけだ。



「じゃあ向かおうか。そんなには遠くないよ。」



若林さんの先導で家に向かう。家の敷地を出る時、数人のマダム達の残念そうな声が聞こえた。千代を持っていってしまったからだろう。ごめんなさいね、と心の中で謝っておく。



若林さんの言う通り、10分くらい歩くと到着した。



外観は、普通の民家だ。しかし、家の周りは綺麗に手入れされている。玄関までの道にいくつか鉢植えがあって、鮮やかなピンク色の花が咲いている。



「そうと!これはペチュニアだ!綺麗であろう!」



千代が興奮気味に教えてくれる。兄に吹き込まれたんだろう。



確かに綺麗な花だ。よくお世話をされているのが分かる。しかし、私は兄ほど熱心に植物を見続けられる人種ではない。



そんなことよりも、古典的な言葉遣いをしているのに、名詞でカタカナを用いている千代の方が妙で面白い。



「確か、そうとの家にもあったはずだ。」



「んへぇー見覚えあるようなないような。」



数ある花の中で、これが目に止まったのはそのせいなのかもしれない。両側に咲いている花たちをチラチラ見ていると、若林さんが嬉しそうにこちらを眺めている。



待たせては申し訳ないと思い、花の名前を叫んでいる千代を捕獲して若林さんを追う。



「すみません……」



「いやいや!嬉しいよ、ここの花は僕が育てているんだ。」



「え!若林さんが??」



てっきり奥さんが育てているのかと思ったので少し驚く。



「そうそう。普通こういうのは女性がやるイメージが強いだろうけど、僕は園芸が大好きなんだ。」



照れ照れと語る若林さんを前に、自分の考え方を反省する。私なんかよりもよっぽど若林さんの方が固定観念にとらわれていない人だ。



「奥さんも興味はあるみたいで、ここを通る度、花を見つめているんだけど一緒にやったことはないんだ。いつか一緒に手入れとかしてみたいんだけどね。」



愛おしそうにペチュニアを撫でる姿を見て、絶対にこの頼まれごとは成し遂げようという気持ちが湧いてきた。



「あっごめんね!僕の趣味の話を長々と……こっちが入口だよ!」



若林さんが玄関の扉を開けて中に入るよう促してくれた。



「お邪魔します……」



玄関の中に入るとオシャレな絵が飾られていた。海外のものだろうか?私は絵画に詳しくないので、何派なのかみたいな詳細までは分からない。



「この絵は奥方の趣味であるのか?」



 千代が質問した。これは私も疑問に思ったところだ。奥さんに高そうな物の収集癖があるのかな、と勝手に予想している。



「これも僕の趣味なんだ!」



 若林さんが嬉しそうに答えた。



「あっまたテンション上がっちゃって申し訳ないね……趣味のことを話せる人があまりいないからつい嬉しくなっちゃってさ……妻は本当に趣味という趣味がないというか、だから壺を買ったのを知った時はかなり驚いたんだよ。」



今まで趣味のなかった人が急に高い買い物をする……なくはない話だろうけど、奥さんにも何かしら心境の変化があったのかもしれない。



「なるほど……見事な絵であるな。失礼した。」



「いやいや!ありがとうね、興味を持ってくれて!居間はここ曲がってすぐだよ!」



廊下を右に曲がると、すぐに居間への扉があった。

開けて中に入る。居間、というよりもリビングという方があっている気がするくらい、新しく洋風な作りだ。



ダイニングとリビングが同じ大きい部屋にあるイメージだ。確かに、視界が開けている間取りだ。



そして、リビングのテレビ台の横に小さい机が設置されている。そこには部屋の雰囲気とはまるであっていないギラギラとした金色の壺が置いてあった。



「お母さん、僕の友達が遊びに来てくれたよ。」



お母さん、と声をかけられた先を見るとソファに腰掛けている女性がいた。少しタレ目の穏やかそうな人だ。とても頑固な人には見えない。



「いらっしゃい。初めまして、よろしくね。

うちは子育てが終わってからだいぶ経つから、子供が遊べるようなものはあんまりないけどゆっくりしていってね。」



「あっ……ありがとうございます!」



お手本のようないい人の雰囲気に少し驚いてしまった。どうやら千代も同じようで、チラチラと私の方を見てくる。



「おふたりは紅茶は飲める?入れてくるからどうぞ好きなように過ごしててね。」



お茶まで入れてくれるような常識人振り。てっきり、元々お強い思想を持っている人なのかと思っていたが、そんなことは無さそうだ。奥さんも、本当に騙されてしまったのだろう。



ダイニングの方に歩いていく奥さんを見つめ、固まっている私と千代に若林さんはちょいちょいと小ぶりな手招きをした。


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