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仏の御石の鉢 参

「奥方が否応なく納得する証拠を集めることが出来ればよいのだろう。ちなみに、その壺とやらに近付くことは出来るのであろうか?」



「近付くこと自体は咎められないよ。でも手で触れるなって言われてしまっていてね…」



「なんで触っちゃダメなんですか?」



こう質問すると若林さんはこれまた困ったような顔で頭を搔く。



「なんでも、売り手にそう言われたらしい。スピリチュアルな代物として買ったようなんだ。商品名は確か、仏の御石のなんとか…とか書いてあったような……」



なるほど。業者側もニセモノだと気付かれないように予防線を張っていたわけだ。運気を呼び寄せる壺だから触れてはいけない、とでも言っておけばそれっぽいようには聞こえる。



「持ち出せない、触れないとなるとニセモノであることの証明は難しくなりますよね……いっそ、奥さんが見ていない隙にこっそり持っていっちゃうとか……」



少し強引なやり方になるだろうが、これならいけるかもしれない。しかし、若林さんはまたも首を振る。



「妻は一日中家にいるんだ。壺は視界が開けた居間に飾ってあって、妻の目を盗んで持ち出すことはかなり難しい。それに、」



若林さんはまた困ったように笑って付け足す。



「なにも、妻を問い正して、追い詰めたいわけではないんだ。本物ではないことが分かっても、勝手に持ち出したことで妻からの信用を失っては本末転倒だ。そうなるくらいなら、30万円なんて捨てても構わない。」



そう語る若林さんの左手には金色が光っている。結婚指輪だろう。やはりかなりの愛妻家だ。



「だから、この件はできたら、でいいんだ。暇な時にでも知恵出しを手伝ってくれるくらいで。今回はしょうがないにしても、同じ失敗をしないように学んで欲しい気持ちはあるからね。」



穏やかに笑っている若林さんとは対照的に、私は腹の底からふつふつと湧いてくる感情を無視できない。



騙される方が悪い、とはよく言うが、どう考えたって騙す方が悪いだろう!!こんなに優しい若林さんが唇を噛んで、どこぞの悪徳業者がのさばるなんて到底許せない。せめて業者名を聞いて周りの人に言いふらしでもしないと気が済まない。



「ちなみになんですけど、若林さんの奥さんはなんていう名前の業者から購入したんですか?」



「そうと…まだ偽物を売りつけられたと決まったわけではないから、よからぬことは考えぬ方が……」



私が悪巧みをしているのが顔に出ていたのか、千代になだめられてしまった。



「ああ、ええーと、領収書見れば分かるんだけど、カタカナばっかりの名前だったなぁ。ネット販売を中心としていて…」



「ネット販売か……」



さすが悪徳詐欺業者だ。



もしこれが訪問販売での購入となれば、一定期間内でなら返品できることになっている。クーリングオフと呼ばれている制度で、中学校のころ社会で習った。



しかし、ネット販売ではクーリングオフは対象外になってしまうのだ。



これ以上被害者を出さないためにも、若林さんの奥さんを説得して壺を鑑定に出し、警察に相談する。目標は明確になったが、奥さんを説得するという壁が高すぎる。どうしたものか……



すると、千代がこう切り出した。



「若林殿、まろたちがそなたの家に参り、壺を見ることは可能であるか?奥方に納得して頂けるかは分からぬが、まろなら本物か偽物かの判別なら付けられるぞ。」



「えぇ?!千代くん、それは本当?」



コクンと頷く千代。



「触らなくても??」



またコクンと頷く。



「そっか…僕は怪しんでいるだけで、あの壺が偽物だっていう証拠は掴めてないから、ぜひともお願いしたいな……!」



「いつ訪ねたらよいだろうか。」



「そうだな……明日はどうだい?」



「明日……大丈夫だ。」



「そうかい!ありがとう!想音ちゃんも明日で大丈夫??」



「え、私もいいんですか??本物とか偽物とか見分けられないですよ??」



急に話が回ってきて、大きな声で返事をしてしまった。勿論気になるし、若林さんの力にはなりたいが私に手伝えることはなさそうだ。



「ぜひ一緒に来て欲しいんだ。次に借りたい本の目星も付けられるよ!それに、千代君はここの町に来たばっかりなんだろう?1人は不安だろう。」



おお、確かに若林さんの家にある本は気になる。いつも貸してもらっているものが私の好みのど真ん中であるのだから、家に眠っている本はさぞかし興味深いものなんだろう……



それに、千代のことも若林さんの言う通りだ。この話を初めてからやけに大人びて見えるが、1人にしておくのはやはり不安だ。



「私も明日夕方以降なら大丈夫です。お邪魔させていただきます。」



「うん!2人ともありがとう!じゃあ明日の夕方またこの家の畑に来るから、集まったら案内するね!」



そう言い残して、若林さんは帰っていった。話し始めたのが遅かったこともあって、辺りはうっすら暗くなり始めていた。



「私たちも中入ろっか。」



「うむ。今晩の夕餉はなんであろう……!!」



いつものあどけない千代に戻った。足取り軽く、玄関に向かっていく。



千代はなんだか不思議な子だ。子供っぽいと思っていたら急に大人びる。気まぐれな性格とは言いきれない違和感がある。



なんというか、その状況にピッタリと合った性格になるというか……演じている、に近いのかもしれない。



まぁ、出会って1週間ほどしか経っていない人間……じゃなくて宇宙人、の考えていることなんて分からない。たまに気にとめてみようと決め、私も玄関に足を動かした。


 

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