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家へ持ちて来ぬ 陸

下の階からご飯ができた知らせを聞いて、千代に声をかける。

 


「千代!!ご飯できたって!食べに行こう!」


 

「夕餉…!!」

 


どこの星の生き物もご飯が至福の時間であることには変わりないようだ。

 


ドテドテと階段を駆け下りる私の後ろを、音もなく千代が付いてくる。意識している訳ではなく、元から染み付いていた習慣なのだろう。

 


しかし、その足取りが軽いことから気持ちは一緒であることが分かる。

 


一階に着くとニンニクのいい香りが鼻腔を刺激した。これはもしや…!!

 


どれどれと食卓を覗き込むと、予想通り大量の餃子が湯気を立てて待ち構えていた。

 


客を歓迎するにはピッタリなメニューだろう。お母さんお手製の羽根付き餃子は大きな丸皿にどかりと乗っている。各席には茶碗一杯のご飯とわかめスープ。

 


積家の信条は、「無駄なく美味く」だ。主役の献立がいる時は、必要最低限の品しか出ない。今日でいうと、品数は餃子とご飯とわかめスープの三品のみ。

 


決して色々作るのが面倒くさいからではない、とお母さんは言うがとても怪しい。まあ、作っていただいている身である以上、出されたものを美味しくいただくのが筋ってもんだろう。

 


「あ!想音!いいタイミング!これ持って!!」


  

忙しないお母さんに言われるがまま、丸皿を両手に持つ。スタスタと近づいてきたお母さんがよいしょと、手に持っていたフライパンを私が持っている皿の上で逆さまにする。

 


ふわりと香ばしい香りが漂い、焼きたての羽根付き餃子とご対面だ。スゥスゥとそのありがたい香りを楽しみながら食卓に持っていく。

 


テーブルにつくと、お父さんは既にイスに座っていた。まさに、食べる準備万端だ。

 


しかし、お母さんに出陣を命じられ、いそいそと箸やらコップやらを並べ始める。

 


客が来ていることはお母さんの方から伝えてくれたのか、コップも箸もいつもより1セット分多く用意されている。

 


問題は座席だ。うちは四人家族だから、いつもは2対2で向き合うように座って食事をしている。しかし、5人となると、必然的に1人がお誕生日席で食事をすることになる。

 


客である千代がお誕生日席に座るのが妥当だろうが、少し可哀想な気もする。

 


そそっと千代の意思を確認すると、いつもは10人くらいに見つめられながら食事をしているから問題ない、と返ってきた。そうだ、こいつはお坊ちゃまだった。

 


千代をお誕生日席に座らせ、食器の使い方を説明していると兄がやってきた。

 


「あれ〜?お客さんってこの子かあ!」

 


よろしくね〜と千代の両肩に手を当て顔を覗き込む。

 


兄の名前は、都智。トチの木が由来らしい。積家の長男で私の3つ上。実家の家業を継ぐつもりらしく、高校卒業後は父と母の側で農業を学んでいる。


  

兄は愛想が良く、顔面もそこそこで、学生時代からかなりモテていたが、誰とも付き合ったことがないという。

 


恋愛に興味があるないの問題では無い。この男は農業狂なのだ。

 


女の子を蝶よ花よと愛でるどころか、そっちのけで蝶と花を愛でてしまう。

 


愛想がよく、誰にでも優しく振舞っているように見えるのは、全員どうでもいいから一様の振る舞いをしているだけに過ぎない。

 


私が中学生の時、友達のお姉ちゃんが私の兄に猛アタックをしていたことがあった。

 


友達づてに聞かされた話はまあひどいもんであった。

 


まず、デートに誘うところから一苦労だ。連絡先を聞いてものらりくらりとかわされ、それなら直接誘おうと話しかけると周りの女子の邪魔が入る。

 


やっとの思いでデートに誘っても、提案されるのは植物園ばかり。トチ君と行けるならと、渋々了承をすると、当日植物園で別行動をかまされたという。

 


やっとこさ植物園を駆け回る兄を見つけ出し、食事処に入ると、農業肥料知識のシャワーを浴びることになったらしい。

 


一同ドン引きしたのは、牛肉料理が出された時に、牛糞はすごい堆肥になるんだ!と目をキラキラさせながら話してきたというエピソードだ。


 

こうして何人もの恋を枯らしてきた我が兄ではあるが、そういった部分を除けば普通に良い奴なので、兄には是非とも品種改良に励んでもらって、めしべとでも交配して頂きたい。



やはり、人間には興味がないのだろう。兄はざっくり千代の全身を眺め終わると、さっと自分の席に座った。



しかし、こちらも母親に命令されいそいそと夕食の準備を手伝うことになった。



「彼がそうとの兄上か?」



「そうだよ。」



「なんというか…変わってそうだ…」



こっそり耳打ちしてきた。危機察知能力が高いのか、千代は既に兄のおかしさを見抜いているようだ。やるじゃないかと感心していると、夕食の準備が整ったようで全員席についた。



「じゃあ、たべよう!お客さんもいることだし!楽しんでね!」



お母さんがそう告げるのと同時に夕食が始まった。

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