家へ持ちて来ぬ 肆
「ありゃ?一緒に入らないの??」
脱衣所で体育座りをしている私に、お母さんが声をかけてきた。
どうやらお母さんも女の子だと思っていたようだ。
それも仕方ない。お母さんと会った時はもう少し身長が低かったのだ。でも何よりもあの美貌だろう。
確かに、女の子にしては首が太いような気がするがそんなことはどうでも良く見えるほど彼は美しい。私よりも髪も長いので余計女の子に見えたことだろう。
「ん〜実は女の子じゃないみたいで…」
モゴモゴとお母さんに告げるとピシャッと雷に撃たれたような表情を浮かべた後、何かを察したようにニマニマしている。
「ああ〜そういうことね〜それならそうって言ってくれればいいものを〜!それにしてもあんた、家族がいる時に男の子呼ぶなんて、結構大胆なところあんだね〜まるで昔の私みたい…」
変な勘違いをされた上、母親の恋愛事情が垣間見えてげんなりする。
このこの〜と肘で小突いてくる母親にどう説明しようか考えていると、風呂場から声が聞こえた。
「こ!これは!!いかように!!」
あら〜と声をあげ、お母さんはそそくさと脱衣所をあとにした。弁明の機会はまた後になりそうだ。
私が脱衣所で待機しているのはこの男の子がお風呂で困った時の質問に答える為だ。5回目くらいの質問にどうした〜と対応する。
バアン!と扉を勢いよく開けられギョッとするが、急いでタオルを広げ、大事な部分を隠してあげる。
「この入れ物はなんなのだ??上の部分を押すと粘液のようなものが出てくる!!」
興奮気味に問い詰めてくる。質問が本当に1人でお風呂に入ったことの無い人のものでゾッとする。この人はこれまでどれだけ甘やかされてきたのだろう。
「それはシャンプーっていって、その粘液みたいなので頭を洗うんだよ。」
「へ〜!!」
珍しく子供っぽい返事をしたかと思えば、バタムと扉を閉められた。
ふぅっと息をつき座り直すとまた扉を勢いよく開けてきた。さっき腰に巻いたタオルはそのままだったので立って隠しに行く必要も無さそうだ。
質問されたことに答えると満足そうにまた扉を閉めて風呂場に戻って行った。
開け閉めを繰り返しているせいで、脱衣所に湯気が立ち込めている。しばらくゆらゆらと揺れる湯気を目で追っているとシャワーの音が止まった。
ガチャリと扉が開く。そこにはまだ泡が流しきれていない少年が満足そうに立っていた。あんなにシャワーを使っていたのにどうして流し残しが生まれるのだろう…
靴下を脱ぎ、無言で少年をお風呂場まで連れ戻し洗い流しにお湯を当てる。
「あちちち…そなた、まろの湯浴みを手伝わないつもりだったのではないのか??」
意外そうに少年が聞いてくる。そう。遡ること数十分前。
男であることを知らされたからには一緒に入る訳にはいかないが、宇宙人を一人で水周りに送り込むのも気が引けたのでいつでも補助出来るよう私が脱衣所で待機しておくことにした。
簡単な説明をして、分からないことがあったら聞いてくれと伝え脱衣所から出ようとしたその時。
少年はおもむろに服を脱ぎ捨て素っ裸になってしまった。
「えっ!!ちょっ!!!?なにしてんの?!?!」
なるべく局部は見ないように背を向けた。突然の露出に声を荒らげると、少年は悪びれもせずに首を傾げている。
「湯浴みだろう?いつも使いの者に洗わせていたのだが…」
「……つまり自分で洗ったことがないと??」
コクコクと頷く少年。
異世界恋愛狂こと希美から聞いたことがあるが、高貴な身分の人は朝支度はおろか風呂までも従者にやらせているらしい。
だから裸を人に見せるのは恥ずかしいことだという感覚が欠如しているのかもしれない。
身分制度があるのか、相当な金持ちなのかはわからないが、どうやらかなりいい育ち方をしているのは明白だ。
つまり「洗え」ということだろうが、郷に入っては郷に従えだ。絶対に洗ってやるものか。
くるりと少年の向きを変え風呂場に突っ込む。分からないことがあったら聞いてね!と念押しして坊ちゃんを閉じ込めることに成功した。
しかし、その後も何度もありのままの姿で扉を開けては無邪気に質問してくるものだから、男と分かってから感じていたドキドキはいつの間にか失せ、代わりに芽生えてきたのは「この子を地球に順応させねば」というお節介おばさん精神だった。