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竹取の若人 壱

「短冊だけこんなにあっても意味ねーよ!!」



じとりとした暑さに包まれた放課後の教室で、クラスメイトの男子が額に汗を浮かべながら叫び出した。



「たくさん書いたのはお前だろ?」

 


「でもどこに飾るんだよ!あれは笹に飾るからいいんだろ!笹がなきゃただの欲の書き散らしだよ!」



今日は7月7日。高校生にもなってという感じではあるが、担任がせっかくだから短冊を書こうと言い出し、帰りのHRで配った。



それを放課後、教室で書く流れになったが、取りかかり始めてから肝心な笹がないことを気にして大騒ぎしている。


  

わあわあ言い合う男子を横目に、私は自分の短冊を睨みつける。


 

10年以上酷使された教室のエアコンの風量は、既に7月頭の暑さにも太刀打ちできていないようだ。



田舎公立高校のエアコンの新調は「順番待ち」という名目のもと実質放置案件とされているらしい。汗が目を伝って短冊に落ちる。



願いごと……



短冊に相応しいであろうことをちまちまと書いていると、誰かが私の短冊をひょいと取り上げた。



「今年も健康でいられますように…って…想音はほんとにマジメだよね〜」



ぱっと顔を上げると前の席の女の子―希美が私の短冊をつまんでピラピラしていた。



「だって〜願いごとって急に言われてもなんも思いつかないよ〜」



「嘘だー!だってあんたとてもJKライフを満喫してるとは思えないんだけど…」



じとりとこちらを見てくる希美。失礼な発言だがその通りなのでウッと唸りそっぽを向くしかない。



高校に入学して三ヶ月。これといった部活動にも委員会にも入らずゆるりと過ごしていたら、あっという間に時は経ってしまった。



彼氏も親友も、高校に入れば自然に出来るものだと思っていた自分の考えは浅はかだったと認めざるを得ない。



しかし、幸運なことに出席番号順に振られた席で前後になった希美とは仲良くさせてもらっている。



まあ希美は私と違い、部活動にも委員会活動にも積極的な上、明るく朗らかな人柄で多くの人に好かれている人気者だ。



私はその多くの中の1人に過ぎないのだから「親友」というのはおこがましいように感じられてちょうどいい距離感で接することを心がけている。



「そういう希美はなんて書いたの??」



椅子にまたがってこちらを向いている希美の机にある短冊に目をやる。希美は慌てて短冊を隠そうとするが地の利はこちらにある。ガッツリ見えてしまった。



【運命の人からの溺愛の末、結婚できますように】



「…私の方がマシじゃん」



「いやいやいや!彼氏が欲しいなんて妙齢の女の子なら誰でも願うことでしょ!!」



希美は快活な性格ではあるが、意外にも恋愛厨で純愛、ラブコメ、溺愛、などなどジャンル世界線問わず読み漁っている。



その中でも特に異世界ものの恋愛が好きらしい。



彼女の語彙の独特さは、間違いなく異世界転生作品や後宮作品による影響だ。



ハワハワと頬を染める希美だが、運命とか溺愛とかそういうことにこだわらなければ、すぐにでも恋人なんて出来るくらいには整った顔立ちをしている。



真ん中で分けた前髪から覗く目はキリリとしている。それでいて何故かキツイ印象を与えない。



いつか誰かから聞いた、おでこを出して美人なのは本当に綺麗な人の証拠、という言葉を思い出して本当にその通りだなと目の前の少女を前に思う。



ぽけーっと希美の御尊顔に見入っていると、馬鹿にされているのかと思ったのか怪訝そうに見つめ返してきた。



その間もクラスの男子はやいやいと騒いでいる。すると希美が思い立ったように言い出した。

 


「でもさ、確かにせっかく短冊書いたなら笹に結びたいよね。」



「まあ…あ、駅とかで結べるんじゃない?希美は駅使うでしょ?」



この時期の駅には笹と短冊が置いてあるとテレビで言っていた。そういうところにも行事を取り入れる心がけには感心する。



「ん〜でもそしたら想音が結べないじゃん」



「じゃあ私の分もお願いしようかな」



「もー!!そうじゃなくって!一緒に結びたいの!!」



ぷーっと頬を膨らまして抗議してくる希美。ちょっと驚いた。一友達の私とこんなに仲良くしようとしてくれてるなんて。



嬉しいような照れくさいような歯がゆい感情で胸がいっぱいになった私は思わずこう提案した。



「じゃあ、私が笹取ってきてあげよっか?地元ここだからさ」



ぽかんとしている希美。でしゃばり過ぎたか…と次の言葉を探していると、



「ええ!!いいの??ぜひお願いしたいんだけど!!」



と今にも飛び跳ねそうな勢いで喜びだした。



「笹って普通に取れるもんなんだ!!うちの周りは建物だらけだし、植物なんて全然見かけないから…!!」



きゃあきゃあとはしゃぎ、追加の短冊を書き始める希美。そういやこの人だいぶ都会育ちと言っていた。ふと頭によぎったことを口にする。



「庭とかにも何も生えてないの??」



「え??ああ!うちはマンションだから庭とかないんだよね…欲しかった…ほら、ここー」



肩を落としながら希美はマンションの外観を見せようとスマホを差し出してきた。



都会に住んでいる人は大体マンション住みであることをすっかり失念していた。ちょっと悪いことを言ってしまったなと反省しながらスマホの画面をのぞき込む。



「……」



「んね?植物なんてないでしょ??」



差し出された画面には見るからに高そうな建物。勿論二つの意味で。なんだか駅からも近そうだ。



どうやらここから一時間かかる都会にある物件らしい。恐ろしくて家賃の欄を直視できない。



「うちはここの28階にあるから全然緑見えないんだよ……」



「にじゅう......」



本当に悲しそうだからマウントでもなんでもないのだろう。



田舎娘は大人しくお嬢様ご所望の笹を取ってくることにした。


 



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